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激動の秋、アリ地獄にはまる。

ちょっと今までにない秋を過ごしている。

10月になったとたん、コロナになった。びゅんびゅん上がっていく自分の体温。しかもなかなか下がらない。痛むノド、痛む節々。1日に2回、母に必ずLINEをするという約束を交わし、粛々とそれを遂行した。生きてます、今日も生きてます、おかーさん。味も匂いもしないけれど、でも「黒糖フークレエ(蒸しパン)」と「ロッテ クーリッシュ」だけは美味しいです。だから明日も生きてると思います。

ようやく平熱に戻り、仕事に戻るも、今度は後遺症的なやつにやられている。まずはぜんそくが猛威を振るい、げほんげほんと夜も眠れない。そしてえげつない倦怠感。巨大で透明なレスリング選手に、全身でのしかかられてる感じ。朝起きたら、レスリング選手を背負ったまま、はいつくばるみたいにして会社に行く。だって人は、働かなくちゃならないから。みんな、頑張ってるんだから。

そんなあたりで、派遣会社から連絡を受けた。いま働いている職場での契約が、翌月にはもう更新されないのだと知らされる。

厳しい研修も、気の抜けない業務も、「ここで長く働いていくために」頑張っていた。だからそれが許されないとなったとたん、頑張りの糸が、ふっつりと切れた。わかってしまった。稲妻に打たれるみたいに、わかってしまったんである。

わたしは、ここが、きらいだ……!

最初は、頑張れそうな気がしていたのだ。わからないことは進んで質問し、教えられたことはノートに取った。けれどある時点から、すべてが怪しくなった。私を指導する先輩たちが総じて、ぱたん、ぱたんと私に対する態度を反転させていったから。まさにオセロが一斉に裏返るみたいに。

私が、声をかける。その時点で向こうはこちらを見向きもしない。私が質問をする。顔もあげずに彼女たちはそれを聞く。そして「それ前に教えましたよね?」といった主旨の返事が返ってくる。あるいは、私の言葉をさえぎって「その質問がいかになってないか」の指摘。

すべては最初から決まっている。私が彼女たちにかける第一声の時点で、すでに彼女たちは、私に苛立っている。

指導係の先輩ひとりふたりなら、そうなるのもまあ無理はないというか、申し訳ないなと思うのだ。私が至らないのだろうし、私の物わかりが悪いのだろう。ごめんなさい、頑張っているのだけれど。でも今回はそれとは違う。どの先輩勢も総じて、そんなふうなのだ。私とほとんどやりとりをしたことのなかった先輩でさえ、ある日突然、そんな感じだった。

……どうしろとゆうの???

きっと私の至らなさや物わかりの悪さについて、何らかの情報が共有されてるんだろう。私の声音が、振る舞いが、よっぽど皆さんの「苛立ちのツボ」をくすぐってるんだろう。「苛立ちのツボ」なんてものは人によって異なると思うのだけれど、私はなぜか、ここにいる全員のそれらを、絶妙に網羅できちゃってるんだろう。誰のどんな受信機にも、クリアに届いてしまう周波数。なんだその奇跡。なんだその超能力。

気力体力十分な私だったら、跳ね返そうとしたり、気にしないようにしたり、何らかの手を打てたかもしれない。でも、今の私はへなへなである。透明なレスリング選手込みで小川志津子である。ただただ、矢が飛んできては刺さる。刺さるのみである。抜く気力もない。

今まで、優しくしてくれた人たちのことを思う。どうして、あんなに優しかったのかな。私の勘違いだったんじゃないかな。だって私はこんなにも、人を苛立たせているのだから。今、会社と自宅を行き来するのみの日々において、私に苛立ってない人に会うことはほとんどない。

前の職場のことを思う。あのときも、先輩を苛立たせてしまって悲しかったなあ。でもあそこでは少なくとも、相手への苛立ちを隠せないことは「未熟なこと」なのだという認識があった。私に一瞬声を荒らげた先輩が、あとで謝ってくれたもんだ。あれは私の未熟でしたと。成長のきっかけをくれてありがとうと。いろいろ葛藤はあったけれど、今はあの人たちが懐かしい。元気かな。平和だったな。

派遣会社さんとやりとりして、10月最終週にさしかかる日曜日で、この職場とさよならすることが決まった。あと、7回。ほんの7回の勤務が、今から気が重くてしょうがない。もう少しもあそこにいたくない。あの場所で目にする光景のすべてが重だるい。朝、カバンをロッカーに入れて、自席につく。パソコンの電源を入れて、立ち上がるまでの間に、トイレに行く。トイレの居心地もまーイマイチなんである。夏は灼熱。冬はたぶん極寒なんだろう。知らんけど。

あのトイレのことを、私はあとから思い出すんだろう。そのとき去来するのは苦味か、安堵か。

書きながらわかってきたけれど、私はとても恐ろしいのだ。もし私のこの「超能力」が、ここの職場の人たちだけでなく、どこへ行っても絶妙に働いてしまうものなのだとしたら。私が私であることが、日本全国津々浦々、相手を苛立たせてしまう宿命にあるのだとしたら。私はどこへ行っても、この苛立ちのアリ地獄にはまるしかないというわけだ。こーーわ。それ、すーーーごいこわ。

損な性分に生まれついちゃったな。多少厳しくされてもへこたれない、朝ドラのヒロインみたいなキャラだったらな。今観てる『ブギウギ』が、「厳しい境遇にあっても歌と踊りが好きでしゃーないヒロイン」の物語だから余計にそう思う。「好きでしゃーない」って最強だな。私は何が「好きでしゃーな」かったっけ。ていうか、特に「好きでしゃーない」わけではないものを、生業として頑張っていくにはどうしたらいいのかな。知りたいのは、そっちなんだけどな。特に好きでもないものを、頑張っていく主人公の物語。そっちのほうがずっと近しく、ずっと切実だと思うのだけれど。

今日も休日が終わろうとしている。あと7回を、どうやってしのごうか途方に暮れる。でも、どんな1日も、必ず終わる。それを、7回。なんとか、生きて帰りたいと思うのだ。(2023/10/18)

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