見出し画像

「旅」の困難をかたろう。

旅って、むずかしい。

日本中、いや世界中のなかからひとつだけ、目的地を選び出す。その時点で、選ばなかった選択肢たちを、すでにざぶりと切り捨てている。

それから、日程を決める。1年365日ある中で、ほんの数日間を選びとる。その時点で、それ以外の季節を味わう可能性を、またもざぶりと切り捨てている。

選び取った選択肢が楽しいかどうか、自分に合っているかどうか、まるでわからないのに、である。

人には、いや少なくとも私には、「合っている土地」とそうでない土地がすごくある。前者を訪ねると、次々といろんなものが見えてくる。美味しそうな店、綺麗そうな景色。次に足をどちらへ向ければいいのか、いや立ち止まったほうがいいのか、みたいなことがクリアにわかる。

後者はなんというか、「拒まれている」感じがする。自分の周波数が、その場所の周波数となかなか合わない。居方がつかめない。そわそわする。目についたどの店も定休日。人にものを尋ねても、うまく目が合わない。え、きらわれてる?って思う。

今回の旅は、出発する数日前から、後者の匂いむんむんだった。いつもは温泉宿にひきこもり旅が主流の私が、今回は珍しく、旅の1日めと2日めを観光散歩にあてようとしていたのだが、その1日めと2日めに、大雪予報が出ていた。その日をちょうどめがけたみたいに。

まず、「神社疑惑」が浮かんだ。道中、パワースポットとされる神社があって、お散歩ついでにそこをお参りしようと思っていたのだ。

私は、主に「縁結びの神様」がまつられている神社に行こうとすると、それはもう全力で拒まれる。人は恋愛経験ってものをしなければならないのだと思い込んでいた若い頃、あまりに恋愛の機会がなさすぎるので、神様におうかがいを立ててみようとしたことが幾度かあるのだが、あるときは私が現地へ近づけば近づくほど、ゲリラ豪雨に襲われた。横なぐりの雨。傘をさしていてもずぶ濡れ。傘を握りしめている両手もずぶ濡れ。

またあるときは、歩いても歩いても神社にたどり着けなかった。「駅から徒歩5分」って書いてあるのに。しかも、通りかかる人もいない。だから誰にも聞けない。どんなパラレルワールドに、あのときの私は迷い込んでしまったんだろう。

今回も嫌な予感がした。今の私はもう「人は恋愛経験ってものをしなければならないのだ」とはまるで思っていないので、まったく無頓着に「箱根神社」さんを訪れようとしていたのだが、敷地内にある「九頭竜神社」さんの分社が、どうやら縁結びの神様とされているらしかった。

あらーー。そうなのーー。ぐらいの感じだった。行っても行かなくても、どっちでもいいな、ぐらいの感じ。とりあえず、近くまで行ってみて、そのときの気分で決めようかな、ぐらいの感じ。

1日めの宿のチェックインが16時。朝のうちに新宿を出て、早めのお昼ご飯を箱根湯本周辺で食べ、芦ノ湖近くの宿までのんびりと、いろいろ見て回ろうと、雪予報が出る前は思っていた。でも、大雪の中で放浪するのはちょっと避けたい。出発を少し遅らせて、午後に箱根湯本着、お昼を食べて、宿へ直接向かうことに。

ロマンスカーの車内はちょっとしたものだった。上から下へではなく、右から左へ降りしきる雪。みるみる白くなっていく景色。ものすごい雪国に来たみたいな気がした。どえらい旅情。箱根なのに。お得だわあ。

箱根湯本の駅に着いた。さあ、私の周波数を、箱根の周波数に合わせる時間だ。大雪なのに観光客がわりといて、お昼ごはんに目をつけていたお店は大行列。ここに並んでじっとしていたのでは、「自分の周波数を合わせる」作業に支障をきたす。なので駅周辺を、ふわふわと歩き回ってみる。……あれ。あれれ。

次に目をつけていたお蕎麦屋さんが「支度中」。別のお店は「定休日」。おっと。これはひょっとすると、いつものあれじゃないだろうか。湧きあがる疑念を打ち消しながら、昭和風情むんむんの喫茶店を見つけて入る。

ひとりです、と人差し指を立てると、おばちゃんは「そこが空くから」とお店入口脇の席を指差し、そこに座っていた外国のお姉さんが帰り支度を始めた。おばちゃんがそのお姉さんに近寄り、めちゃめちゃ名残惜しそうに手を握る。「ありがとうね、また会おうね、ほんとありがと」「センキュー、アリガトウゴザイマス」。ふたり、ほぼ抱き合うみたいにしている。

なんか、ふたりの別れを私が急かしちゃったみたいな気がして心臓がしぼむ。どんなつながりのふたりなんだろう。懐かしい再会だったのかもしれない。彼女はもう本国に帰られるのかもしれない。一瞬のうちにいろんな想像がむくむくとふくらむ。ほんとごめんなさい、ゆっくりでいいですから、と呪文みたいにつぶやきながら待つ。お姉さんが出ていって、私が座り、店全体を見渡すと、私以外のお客さん全員が、ひとつのファミリーであることがわかる。

「俺とあの人が兄妹で、子どもたちはそれぞれの子ども。で、あそこに座ってるのが、俺の母ちゃん」。ひとりの男性が家族構成を大声でおばちゃんに説明している。「へええ! お母さん若いのねえ!」。おばちゃんも応酬する。なかなかこっちを向いてくれない。じゃあ、このすきにトイレを借りようかな、と私は立ち上がる。同じタイミングでちびっ子のひとりが立ち上がり、先にトイレへ入っていく。トイレを断念して席に戻る。

おばちゃんがやっとこっちを見てくれて、ポークジンジャーを注文する。ファミリー客がにぎやかだ。眺めているとアツアツのポークジンジャーが運ばれてきて、少なくともこの選択は正解だったことを知らされる。食べる、食べる。汗がにじんでくる。

やがてファミリー客が帰り支度を始める。子どもたちが自分の食器をカウンターへ運んでいる。「あら、手伝ってくれてありがとう!」おばちゃん、うれしそうだ。

ファミリー客がいなくなって、嘘みたいに静まり返る店内。私もポークジンジャーを食べ終えて、なんとなく食器をカウンターへ運ぶ。「あらあ、いいのにー」。おばちゃんが恐縮してくれる。

「雪、やんじゃったのかしら」「なんか雪になったり雨になったりですよ」。お店の人とお客の会話のド定番、天気の話。「いやでもすごい雪国に来たみたいな気持ちがします」「あ、そうか。そういう楽しさもあるわね、うんうん」。気をつけてね、またね、と見送られて外に出る。よかった、おばちゃんに嫌われてなかった。さあ、宿に向かおう。ここからはバスだ。バスターミナルへ足を向ける。そしたら。

タクシー乗り場に、ものすごい行列ができている。その列を横切って、バス乗り場に向かう。人がまるでいない。えっと、元箱根港へ向かうには、このバスでいいんですか? その場にいた係員さんに尋ねると、彼は言うのだ。

「いつもはここからバスが出てるんですけど、今日はこれから積雪がどうなるかわからないので、バスはすべて運休です」

え! じゃあ、元箱根港にたどり着く手立ては?

「ええと……タクシーのみ、ということになります」

まじで!? だからみんな並んでたのか!

呆然としながらタクシーの列に向かう。長い列はぐんぐんと伸びて、早川が流れる真上、橋のど真ん中まで伸びていた。最後尾に並んでみる。横なぐりの、吹きっさらし。全身で、雪、浴びっぱなし。傘がまるで用をなさない。

こんな降り方を、私は知っている。あの日の縁結び神社だ。

詰んだ、と思った。帰ろう、って思った。雪予報は「夕方からピークを迎える」って言ってた。少しでも早いほうがいい。撤退だ撤退。勇気ある撤退。

この旅の計画を、ものすごく喜んでくれてた母に撤退のLINEをする。その判断、正解。と返事が来る。うん。そう思う。そう思いたいです。箱根湯本発のロマンスカーはもう走っていなかった。小田急線に乗る。ごくごく普通の急行電車、新宿行き。

お宿も、キャンセル料なしでキャンセルできた。明日泊まる予定だった宿も、そのようにキャンセルしてもらった。雪が収まってから、ふたたび箱根に出向く気持ちにはならなかった。なんかもう、気が済んじゃったのだ。大冒険を経て。

どんなに憧れても、どんなに綿密にガイドブックを読んでも、その場所と私の周波数が合うかどうかは、行ってみないとわからない。その土地の神様が、私が立ち入ることを許してくださるかわからない。そこが私の、旅の困難である。……って書きながら、単に私のコンディションの問題よね、とも思っている。

なにが起きても、へしゃげない心。起きたことを楽しむ、大きな器。ダイヤルを回せば、どんな周波数にも瞬時に合わせられるラジオになりたい。それはもう、ほんとうになりたい。でも、どうやら私は、そうじゃないみたい。自分のことを「旅好き」だと思って今日までずっと来たけれど、ひょっとしたら私は、全然「旅好き」じゃないのかもしれないな。(2024/02/06)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?