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【第19話】犬とニワトリと鉄パイプ

バッタモン家族、特に父は犬好きだが、しつけの仕方は知らない。というより犬も人間も、暴力でしつけするタイプなのだ。

*読む時のお願い*
このエッセイは「自分の経験・目線・記憶”のみ”」で構成されています。家族のことを恨むとか悲観するのではなく、私なりの情をもって、自分の中で区切りをつけるたに書いています。先にわかって欲しいのは、私は家族の誰も恨んでいないということ。だから、もしも辛いエピソードが出てきても、誰も責めないでください。私を可哀想と思わないでください。もし当人たちが誰か分かっても、流してほしいです。できれば”そういう読み物”として楽しんで読んでください。そうすれば私の体験全部、まるっと報われると思うんです。どうぞよろしくお願いします。

*読む時の注意*
このエッセイには、少々刺激が強かったり、R指定だったり、警察沙汰だったりする内容が含まれる可能性があります。ただし、本内容に、登場人物に責任を追求する意図は全くありません。事実に基づいてはいますが、作者の判断で公表が難しいと思われる事柄については脚色をしたりぼかして表現しています。また、予告なく変更・修正・削除する場合があります。ご了承ください。

どういう経緯かは覚えていないのだが、私が小学校低学年のときには、我が家にはすでに成犬のハスキーがいた。名前はビスキー。透明感のあるブルーの瞳、キリッとした顔立ち。ハンサムな犬だったが、ちょっとおバカなところが玉にキズの、カワイイやつだった。

”おバカ”というのは、何回お手やおすわりを教えてもするべきところでしなかったり、フリスビーを投げても投げたことを分かっておらず、私の手元を見て喜んでいる様なことを言っている。一度私が散歩に行った時などは、ビスキーの力に転ばされて地面を引きずられたこともある。当時私よりも遥かに大きかった彼は、私の引っ張る力が軽すぎたのか、散歩の紐が解放されたと勘違いしたのだろう。毎回私のことなどお構いなしに大喜びで駆け回る様子は、端から見ればまるで、私の方が散歩させられているみたいだったに違いない。

ただおバカではあったものの、人に噛み付いたり、吠えたり、襲いかかったりしたことなど一度もない人懐こい犬だった。

問題だったのは「何でも口に入れる」ことだった。その辺に落ちているものをとりあえず何でも口に含んでしまう。紙でも、袋でも、飲み込むと危険なので、吐き出させたり、教えこむ努力をしてみたりはするのだが、一向に覚えてはくれない。そういうわけで、私たちはこまめに掃除をし、危ないものが落ちていないか、常に気をつけるようにしていた。何度も言うが、しつけが苦手な両親なので、それくらいしか対処のしようがなかったということでもある。

当時、我が家の庭では、ビスキーの他にニワトリを3、4羽飼っていた。ビスキーをつなぐ鎖がギリギリ届かない距離に、簡単な網で作られたニワトリ小屋があった。

父の怒鳴り声が起床の合図となったある朝。いつもなら家の中から聞こえてくるが、今朝は庭の方から騒ぎが聞こえる。駆け下りていくと…

 「この!アホ犬!!」
 「どうしたん?!」
 「こいつ、ニワトリ食いやがった!!!」
 「へ?にわとり?」

私は状況が全く理解できずマヌケな声を出してしまった。ニワトリ食べる?父が寝ぼけているのではと思った。アホ犬、犬、家で犬と言えばビスキー。そう考えを追った先に彼を見る。ビスキーは「言いがかりは止めてくれ」と言いたげな顔で、いつもよりも凛とおすわりをしている。

…口から、ニワトリの片足を生やして。

「”食べる”って、ホンマに食べたの!?」

しかもこんな時にちゃんとおすわりしてる!いつも何度言うてもせんのに!

彼の口の周りは血まみれで、ニワトリの片足はピクピクしている。ニワトリはもう、誰が見ても手遅れだ。怒り散らすかと思いきや、父は黙って、その場を後にした。

 「あれ?さっきまで、あんなに大きな声で怒ってたのに、どこ行くんやろ?」

去っていく父の背中とビスキーを交互に見ながら、私は立ち尽くした。どうしていいのか本当にわからなかった。ビスキーはニワトリをまだ口に含んだままだ。とりあえずアレをどうにかするべきなのか…

と思っているところに、父が戻ってきた。

…鉄パイプを手にして。

なぜ父はこうも予想外の行動をとるのだろうか。

鈍く銀色に光るパイプは、冷たく、残酷に見えた。その光景を目にした私は、これから起こるであろう恐ろしい事態を想像し、しゃがみこんで目を閉じ、耳をふさいだ。反射的に「見てはいけない」と思ったのだ。
 
「おい!アホ犬!吐き出せ!」
 
 …ッゴ!!

 キャウン!

父の恐ろしい怒号。パイプの鈍い音。ビスキーの痛々しい悲鳴。

「お父さん!やめて!そんなんで叩かんといて!!」

私は、気づけば父の怒鳴り声に負けないくらいの大声で、泣き叫んでいた。その声で我に返ったのか、父は動きを止め、鉄パイプを持って家の中に戻っていった。心からの憎しみをこめた口調で「アホ犬め…」と言い残して。

ビスキーはしっぽを落とし、見るからに怯えている。

「いくら何でも、鉄の棒で殴るなんて…」

私はビスキーの元へ行き、怪我が無いか確認する。頭から体の線を追って尾の方向に軽く撫でようとすると、彼はビクッと大きく身をこわばらせた。どうやら腰からお尻のあたりを強く殴られていたようだ。もちろん、あんなもので殴られて、怪我しないわけがない。

「そんなに痛むの?ちょっと触っただけやのに。」

私はただ彼の頭を、精一杯の慈しみを込めて撫でてあげることしかできなかった。急に鼻の奥がツンとして、目に涙がたまった。が、ここで泣くと、今度は私が怒られる。気を紛らわせるために、犠牲となったニワトリを探したが、ニワトリの姿はもうどこにもなかった。

「もう嫌やな、ビスキー…」

ビスキーにしか聞こえない声の大きさでつぶやいた。起き抜けに突きつけられた凄惨な光景に心底うんざりしたし、暴力と血と悲鳴の恐怖は、しばらく私の頭の中を埋め尽くしていた。

後日、ニワトリ小屋の周りを掘った跡が見つかった。ビスキーは、どんな犬でもやるように、こつこつそこを掘っていたようだ。そうして、穴の大きさが十分になったところで逃げ出したニワトリが運悪く彼の餌食になってしまった…というわけだ。

その一件があってから、ビスキーが手に負えないと判断した父は、彼を私の生みの母に譲った(その時はすでに離婚した後だった)。個人的にも、ビスキーにとってもその方が良いと思ったし、実母とは長期の休みの度によく会っていたから、彼女の家にいく楽しみが増えたとも思えた。実母はビスキーを可愛がっていた。父に怯えることも、ストレスもなく、ビスキー自身も実母にもらわれて良かったようだ。しばらくぶりに会うと、人懐こく元気になったように思えた。

実母に引き取られてから6年後、ビスキーは老衰で亡くなった。そこから実母は悲しみにくれ、ふさぎ込んだ。大の親友を亡くしたように感じていたのかもしれない。それをきっかけに彼女自身が壊れていくことになるとは、この時の私は知る由もなかった…。


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