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17『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#17 ヘル・レベルアップ後編
(つづき)


第三種目/スミススクワット


ここにきてスミス。一番の天敵。

どう考えても無理だ。脚はすでに力が入らない。頭の中に『再臨・片翼の天使』のイントロが流れている。迫り来る絶対恐怖の顕現だ。ちなみに、この時点でネイルが2枚どっかいった。

史上最強のラスボス


例によって、真後ろには木澤さん。フォームを少しでも崩すと尻をこすりつけてしまうため、変な動き不可能の鉄壁修正の型だ。まだフォームに信用がないらしい。

「もっと前、もっと。脚を開いて。膝の位置を常に見る」

「GO」

無情な号令。ひぎぃ、と豚みたいな声を出して何とか折り返す。一撃目にして腿が熱痛で震える。筋トレ界の皆様は鼻で笑うだろうが、私は元々自重すら支えきれなかったので、7kgのバーでも十二分にキツイのだ。しかもとっくに脚は死んでる。ただ、まだ挙げられる。というか、死んでも挙げないと終わらない。

「膝見ててって!足先とずれてる。鏡できちんと脚を開けてるのを、目視で確認して」
「膝!なんでよそ向くの!」

例によって頭が右往左往し、視点がぶれる。だが、視点が膝を向き続けられないのには理由があった。


「……もしかして、膝見えない?」

「はい゛!降りると膝見えません!」

恥ずかしながら私はホビットすぎて、降りると鏡に下半身が映らなくなってしまうのだ。だから見えなくて、実際の膝を見ようと下を向いてしまうのだ。

鏡が下までない成人男性を想定したサイズ


「わかりました。じゃあまっすぐ見続けて」

きっつい絵面。最近増量しすぎて金持ちの家の生ハム原木のようになった脚と、髪が逆立って真っ赤になった顔を睨みつける。

「んぎぃぃぃ……あああ!!!」

ギリギリでフルボトムまでゆっくり耐えて、一気に挙上する。既にパンパンに張っている腿は「まじでやめてくれ」と激痛で警告を出し続けている。またしても絶叫が響き渡る。

「上げたらすぐ降りる」
「もっと膝開いて」

全身を震わせ、叫び狂う人間に冷静に追い討ち続ける声。登った血で顔が痛い。鼓動が痛い。当然脚は気が触れそうに痛い。

「はい挙げ」
「ああ゛!!ごめんなさい!!!」

次の瞬間、気づいたら逃げ出していた。
前転するように前にくずおれていた。完全に無意識だった。床が目の前に来て、それで自分が逃げたのに気づいた。この逃避は木澤さんも予想外だったらしく、亀のように蹲ったまま動けない私に一旦休憩を促す。

「なにしてるんすか……。バー放り出して逃げる人初めて見ましたよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。もう痛すぎて、痛い。逃げてしまいました」

苦笑いされる。屈辱の極みだ。セットの途中で潰れるでもなく、投げ出す。どんなに辛くてもやり遂げる意思だけは自負があった。自分が恥ずかしい。

「もう一回」

再チャンスだ。やりきるしかない。戦の恥は戦果で濯ぐしかない。

「いち、に、……」
「いいいいぃ゛!!!」

「し、ご……」
「ぎゃあああ!!!」

でも、ほんとにつれえ。もう外聞とかなく悲鳴を上げてとにかく挙げる。終わりがない。勝つ手が見えない。人修羅戦以来の絶望感だ。

あまりの辛さに笑いが込み上げて「何笑ってんすか」と気味悪がられた。

「ろく、もう一回」
「はいラスト!自分で最後まで挙げる!」

だが、木澤さんは叱咤しながらもバーの位置を直し、たびたび僅かな補助をかけてくれている。もう二度と逃げない。雄叫びで痛みを振り払う。

「……はい。終わりです」

ロックが掛けられた途端崩れ落ちた。以前、「効いているか効いていないかは、息の上がり方でわかる」と言われたのが思い起こされる。たしかに喋るどころではない。日常で打つことのない鼓動、吸うことも難しい圧迫感。だがやりきった。恥を濯いだ。

これがトレーニングか。へたり込んで動けない私を置いて、木澤さんは何処かへ行った。遠くで電話してた。しばらく動けないと判断されたんだろう。その間、茫然と店内を眺めていた。

ローイングをアームごと引っ張って最後まで追い込む人、足先が震えるまでひたすらレッグカールを続ける人。全員、限界を超えるトレーニングをしている。座り込んでいる者など一人もいない。私だけがこの空間で弱者だった。

「次、背中いきましょう」

この後は、いつものようにナローリバースラットプルをして、新たにケーブルローイングを覚えた。ロープグリップで綱引きのように行う広背筋狙いのローイングは女性にも良いので、また今度くわしく図解したい。
なんで今じゃないかというと、背中は比較的叱られることが少ないのと、まじでこの辺りから記憶がぶっ飛んでいるため書き起こせない。3時間くらいに感じる70分だった。

「お疲れ様でした」

そう言い残して去っていこうとした木澤さんが、振り向いた。

「脚、よくなってる」

疲れ一気に取れた。

「やっぱりですか!?すごい頑張ったもん!」

「ああ(笑)。はいはい。じゃ、お疲れ様です」

適当に返して淡々と去っていったが、全然嬉しかった。本当に些細な、他人から見たら進んでもいないような速度だが成長している。実るかもわからない努力、周囲との圧倒的な差、そんなことは一気にどうでもよくなった。

こうして、今年最後のパーソナルは終わった。新年も予約きっちり2回入ってる。トレーニングでは負けっぱなしだが、予約合戦では負けたことない。申し訳ないがこれからも負けない。

最後にいつも読んでくれている皆様、ありがとうございます。木澤さんから、「ブログを見た」と声をかけられることがあると聞きました。とても嬉しいです。これからも歩みを見守っていただけますと幸いです。来年も頑張るぞ。

#18につづく

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