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新元号とLED

「新元号のほうから来ました〜」
「新元号? お役所の方かしら?」
「政府が発表しましたよね! 令和。今後使わなきゃならないっスよね」
「そうだったわねえ」
「それで、地域住民の皆さんに、サービスで一軒一軒、チェックさせて頂いてるっス〜」
「あらまあご苦労さま」
「それで、新元号に対応してない電子機器のチェックサービスをしてるっスよ」
「電子機器といいますと……」
「えーと、パソコンとか、ネットとかっスね」
「……そういうのは疎くてねえ。こんな年寄り一人ですから」
「大丈夫っス。私がチェックしますから」
「あら、じゃあお願いしてもよろしいですか」
「もちろんス。それではちょっとお邪魔します!」
「どうぞどうぞ」
「……えーと、このお部屋だけですか?」
「そうなんですよ。恥ずかしいわあ。ごめんなさいね、年寄りの一人暮らしで、何もなくて」
「いえ、いいんですよ。確かに、パソコンとかネットなんかは、全然無いっスね……」
「そうなんですよ。ほんと、ごめんなさい」
「いえいえ、でも、電子はいろんなものに使われてるんスよ!」
「難しいことはわからなくてねえ」
「たとえば、えーと、うーん、どれだ。こ、これ。テレビ」
「テレビですか。そういえばテレビは電気で動きますねえ」
「そうでしょう。これ、新元号になると、5月1日から視られなくなるんですよ! 困るっスよね!」
「え! そうなんですか! でも、このテレビ、もう壊れてて、実は映らないんですよ」
「壊れてるんですか。困らないんスか?」
「そうねえ。なんとなく置いてるけど、ここ何年も視てないので……恥ずかしいわ」
「あとは、うーん、あ、あとほら、これも。レンジも、新元号に対応していないと、料理が出来なく」
「ほんとうですか!」
「そうっスよ。これは困りますでしょ」
「でもおかしいねえ。これ、オーブンで、ガスなんですけどねえ」
「ガス、っスか。電気じゃなく」
「そうなの。古いものなんですよ。50年くらい前、新婚の時に買いまして」
「……本当っスね。ホースにつながってる」
「なので、うちは電気は、ちょっと思いつかなくて。御免なさいね」
「い、いえ、でも、ほら、部屋の電灯が、電気ですよね!」
「ああ、これも、実は切れてて……最近の電球、高いでしょ?」
「切れてるんですか! そういえば電球ってもうあまり売ってないっスからね。LED高いですし…… でもそれで、生活出来るんですか!」
「まあ、ちょっと不便ですけどねえ。でも、こんな年寄り、夜にお客も無いし、何もすること無いですし。今のとこ、これで何とかなってるんですよ」
「……懐中電灯ですか。ああ、懐中電灯! これ、電池入ってますよね!」
「そうよ。電池で点きますからね。これをいっつも持って歩いてるんですよ」
「電池ですよ電池! これ、5月から使えなくなります! 新元号ですから! 令和です。平成の乾電池は使えないんスよ! 困りますね!」
「そうなんですの! それは困りましたねえ。どうしましょう!」
「そうですね、うーん、大丈夫っス。こちらで交換サービスしてるっス。1万円になりますが、後で補助金で返ってくるので大丈夫です。実質無料っスよ」
「あら、やっていただけるの! ああ、でも、ちょっと今、お金を切らしてたんだったわ…… ちょいとご近所で不幸がありましてね、何かと入り用だったものですから……」
「1万円のところ、特別サービスで5千円でいいっス!」
「困ったわあ。今日は郵便局もやってないですものねえ。お金も下ろせないのよね」
「5千円も無いんスか!」
「ごめんなさいねえ。こんな年寄りで…… でも、5月1日になったら、お店で乾電池買ってこれば、大丈夫でしょうか?」
「え? え、あ、そういうことじゃ、いや、そういうことか。うーん」
「使えない乾電池を、お店で売ってないですもんねえ」
「いや、そうじゃ。でも、いやそうか。あれ? でも……まあそうスね」
「なら安心だわ! ここ、1階がコンビニエンスだから、朝起きたら買ってこればいいのね! ありがとうございます。知らなかったわ……5月1日の夜になって慌てるところでした」
「いや、そうですね。よかったスね、はは」
「あとは、ご心配なところ、おありですか?」
「うーん、いや、でも、そうですね。……大丈夫っスね」
「ほっとしました! わざわざ有難うね。お役所の人なんでしょ? 大変でしょう、いろいろ……」
「いや、まあ、大丈夫っス」
「これ、つまらないものだけど、ジュース。どうぞ」
「え、いや、いいっスよ」
「これ、コンビニエンスの福引で貰ったんですけどね、私ね、ちょっと血糖値が高くて。だから、お若いあなたに、差し上げますよ」
「……こんなに沢山、いいんスか?」
「いいのよいいの。どうせ飲まないんだから、持ってって頂戴」
「あ、ありがとうございます…… じゃあ、これで、帰るっス」
「お疲れ様でした」

「あら、さっきのお役所の」
「これ、プレゼントっス」
「あら、電球。いや、今、お金も無くてねえ」
「いいんスよ。プレゼントっスから」
「よろしいんですの? じゃあありがたく頂いておきますね。本当に親切な若者だこと。でも、今頂いても、5月には使えなくなるんじゃなくて?」
「え? あ、あ、ああ、大丈夫っスよ。ちゃんと修理してあるっスから」
「なら安心ね! ほんと、わざわざどうも、プレゼントも有難うございますね!」
「いやいや、令和いらないっス!」

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