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猫を見送ったはなし

今日おはぎが、茂みの中で息絶えた猫を見つけた。いつもの散歩コース、たくさんの車が行き交う太い道沿いの、歩道の脇に植えられた植木の中。あかるいブラウンのトラ猫は、うすく目を開いてその中でぐったりと横たわっていた。

茂みの中に手を突っ込んで引っ張り出そうかと思ったけれど、さっと頭に感染症の類が浮かんで、その次に茂みのそばからてこでも動かないおはぎを見た。じっとわたしを見上げたおはぎは、「助けてあげて」と言っているようだったけれど、茂みを揺すっても声をかけても、猫は微動だにしない。うすく開いた目は開いたまま動かず濁ったままで、しばらくしゃがんで見てみたけれど、小さな体が上下することはなかった。たぶん、というか絶対に死んでしまっている。そう思った。

とにもかくにもおはぎを一旦家に戻そうと「帰ろう、後でわたしが様子を見にくるから」と語りかけたのだけれど、おはぎは意地でもそこから動こうとしなかった。仕方がないので抱き上げて何百メートル歩いても、家の前にやってきても、あの場所に戻ろうとした。

それはたぶん犬の本能というもので、わたしが感じる悲しみとはなんら関係がないものなのだろうけれど、たぶんそれはわたしの主観なんだけれど。家の中に入る背中が、名残惜しそうに何度も振り返るその顔が、どうにも寂しそうに感じたのだった。

もし茂みの中で静かに、誰にも見つけられず死んでいたのが迷子になったうちの犬だったらどんなに悔しく思うだろう。茂みはきれいに手入れされていて、猫がいた場所はしゃがんでしっかり覗き込まないと絶対に気付くことはない。定期的に手入れはされているのだけれど、次に手入れされるとき、そのときには猫は骨になって、土になってしまっているかもしれない。手入れする人だってしっかり覗き込まなければ気付かないだろう。もしかしたらもう、誰にも気付かれないかもしれない。

結局、家に戻って迷った末、保健所と警察に電話をした。保健所は時間外で電話が繋がらず、警察では迷い猫の届けがないか照会してもらい、届出はないとのことだった。その流れで、「こちらで道路の管理者に連絡をし、適切に処分させていただきます」と言われた。

正直「処分」かあ、と思ったけれども、飼い主がいない動物が亡くなったとき、その死骸はごみとして処分されるのである。だから、言葉は間違っちゃいない。でも、できることならもう少し違う言葉を使って欲しかったな、とも思う。そう思うのはわたしが犬を飼っているからなんだろうか。先代犬の冷たくなったからだを、泣きながら抱きしめたことを未だにしっかりと覚えていたからなんだろうか。

警察の方が場所がわからないというので、現場に立ち会った。家を出る前おはぎに「おはぎのかわりに猫ちゃんとお別れしてくるね」と伝えて。

懐中電灯を片手に「ここです、ここ」と覗き込んだ茂みの中、ふたりでやってきた警察のお兄さんたちは、「ほんまや」「これ、明るい時に見つけたんですか?」と感心した様子で、手袋をつけた手で茂みをかき分け、半透明のゴミ袋に猫ちゃんを入れた。

「頑張ったね」とぽろぽろ涙をこぼして手を合わせたわたしにお兄さんたちは不思議そうな顔をしていたけれど、立ち会ってよかった、と思った。

誰にも気づかれない場所で、ひとりぼっちで死んでしまった猫。毛並みがとくべつ悪そうな雰囲気はなく、細身ではあったけれどガリガリに痩せているわけでもなく、まだそんなに歳をとっている風でもなかった。薄暗い中だったからちゃんと確認はできなかったけれど、たぶんとてもかわいい猫だった。はちみつを煮詰めたみたいな明るいブラウンのトラ柄と、淡いグレーの目。帰りの車中、泣きながら「ああ、女の子か男の子か見るの忘れちゃった」と後悔した。

そのあと、「やっぱり引き取ってあげればよかった」とも思った。火葬場に連れてって、ちゃんと見送ってあげればよかった。たぶん、料金は一万円くらい。わたしはあのとき、いまの自分の収入とそのお金を天秤にかけて、たぶん生涯後悔する選択をしてしまったのだ。

あの猫は、たぶんこの先警察から保健所なりに引き渡されて処分される。ひとりでひっそり命を終えたかったのかもしれないし、本当は雨風凌げる家があって、かわいがってもらえる生活を夢見ていたのかもしれない。すべては猫ちゃんにしかわからないし、わたしがしたことはもしかすると、とてつもないお節介だったのかもしれない。でもね、今日は朝からとても寒くて、昨日は雨で、週末は天気が崩れるようだった。いつからそこにいたのかはわからないけれど、わたしはあの子を助けてあげたかった。エゴでも、自己満足でも。

とりあえず、明日朝にでも保健所と、近隣の動物病院に連絡を入れようと思う。保健所の迷い猫掲示板にも掲載がなかったし、Facebookやツイッターやドコノコでも検索してみたけれど該当の猫ちゃんはどこにもなくて、たぶん本当に野良猫だったんだろうな、とも思う。でももし、1割くらいの確率であの猫ちゃんのことを待っているひとがいるとしたら、と思うとそのままにはできない。そして明日の夕方、庭で花を一輪摘んで、あの茂みにおはぎといこうと思っている。一生懸命生きていた小さないのちに、頑張ったねと声をかけて。



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