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なんだっていいじゃん

みーちゃんは3歳の時に精神遅滞(自閉傾向あり)と診断された。
この自閉症と自閉傾向の間にどんな差があるのか、わたしは今でもこれだとはっきり理解はできない。

診断した医師でさえ、その境界は限りないグラデーションのようなもの(とわたしは受け取った)で早くいえば、こだわりが強ければ強いほど限りなく自閉症と呼ばれる黒いゾーンに進み、それほどではないと判断されると反対側の淡いグレーの部分へと移るような曖昧ではっきりとした境界はなく、限りなく緩く不透明なものだと説明した。


自閉症でも、自閉傾向でもこだわりの程度の差であって呼び方は変われど、別にどうでも良いんじゃないかと思った。
みーちゃんはみーちゃんに変わりはないのだから。


特別支援学校に通うことになったみーちゃんにせめて周りの子達のようにランドセルを買い与えたかった。
学校説明会では持っていく物リストに教科書やノートなどの学習に使うものは殆どなく、連絡帳、体操着、ジャージ、着替え、給食の際に使うエプロン、歯磨きセットなどを入れる為の大きめのリュックを用意するように言われた。
リュックか…
せめてランドセルくらい背負わせたかったのに。
そう思ったが荷物は予想より遥かに多くかさばることがわかった。学校に通うのにランドセルの方が体面を保てると考えていたわたし。
そんなのみーちゃんが背負いやすく自分で出し入れしやすいものであればいいじゃない。


小学部、中学部、そして高等部。
入学した当時、かなりの暴れん坊だったと聞いていたみーちゃんもなんとか落ち着いてきた。
高等部になると親の顔つきも目つきも変わってくる。口では笑いながら目は笑っていない。
いよいよ卒業というワードが現実のものとしてのしかかってくるからだ。


親御さんの考え方や性格がこの卒業後の進路選びの途上でありありと浮かび上がってくる。
毎日のように区役所などに通い、我が子に相応しい進路先を探そうと嘆願したり陳情をしたりする熱心なママ達。
母娘がぴったり張り付いているような関係だ。
高等部2年から編入してきたその方もとても教育熱心だった。
お子さんを様々なことにチャレンジさせていて、それなりの結果を出していたことが自慢のようだった。


最初はすごいね、と褒めていたのだがそのうち、もう聞き飽きた、お腹いっぱいとなった。
こんなことをやるといい、こうしたらうちはこんなこともできるようになった。
よかったねと言いながら顔は半分横をむいていた。
強いエネルギーというのは伝染する。
その方のまわりには幾人も行動を共にするママさん達。皆、独特のオーラを放っている。


みーちゃんも高等部の3年生になった。
卒業後の進路決定はぼんやりしたものだった。
決めるためにいくつかの作業所をまわることとなり、それを進めたのが今やボス格となったあのママだった。
みーちゃんママ。
その取り巻きのひとりが声をかけてきた。
みーちゃん、もう進路決まったの?
え?うち、まだだよ。
それを聞いたママが無邪気さを装った感じで言った。

えーそうだったの?
なんか、みーちゃんママ余裕あるみたいだし、わたしたちのLINEグループにも入ってないし、みーちゃん優秀だから、もう決まってるんじゃないかと思ったんだよねー。


ああ、そういうことか。
わたしは彼女達から心情的に遠く離れた位置にいた。そう心がけた。
群れるのは結構だが、ひとりの意見に右に倣え。こう言えばこう。
正しいと言えばそれが絶対になる。
アホらしい。虫唾が走る。
彼女達は毎週土日は作業所などの立ち上げの為にバザーをやっていると聞いた。
時間があればまた区役所に陳情。
パートで働くといっていた別のママに、信じられない、子供の面倒を誰が見るのと言っていたことを思い出す。


いろいろな家庭の事情がある。
わずかな時間、働くことを息抜きとして精神の均衡をかろうじて取っていた人も知っている。
そういう背景を知ろうともせず、想像もせず、あの人は子供から逃げている、母親としての責務を放棄していると一刀両断だった。



卒業式が終わると、ひと息つく間もなく謝恩会へと会場が変わる。
わたしはもうひとりのママ友と司会進行の役を引き受けていた。
受付で立っていると例のボスママが通りかかったので、あら、髪の毛巻いていて素敵ねと声をかけた。
彼女はわたしの声など全く聞こえなかったように隣にいたもうひとりのママによろしくね、おめでとうと挨拶をしていた。


だからどうだというんだ。
わたしは下を向いて笑いを堪えていた。
その髪の毛はキャンディキャンディのイライザそっくりの縦ロールで、本当は全然似合っても可愛くもなかったのだ。


わたしはもうその頃のママ友との付き合いは無い。
彼女達は今も群れているのだろうか。
自分の人生ではなく母親として精一杯子供のためにやってきたと胸を張っているのだろうか。
それもいい。
でも母である前にひとりの人間、女性である生き方を選んだことを誇りに思っているわたしのようなものもいる。


なんだっていいじゃん。




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