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喫茶ショウジ(#たいらとショートショート)

先にお飲み物お伺いしましょうか?
俺がうやうやしく首を傾げて訊ねる。
ばあちゃんは白い髪の毛をうなじにくるりと丸め、べっこうのかんざしでざっくりと留めている。
木綿の藍染のフワッとしたワンピースを着ているが、それはばあちゃんの精一杯の正装だ。

そうねえ。
やっぱりコーヒーが飲みたいね。
ばあちゃん、それ食後がいいんじゃない?と言いかけたがそんなの誰が決めたんだ、と思い直して頷いた。
少々お時間を頂けますか?
俺の問いにばあちゃんがふっと顔をあげて、よろしくお願いしますと深々と頭を下げる。
ここはばあちゃんの台所だ。
ばあちゃん、誕生日だね。
何が欲しい?
そう聞いたらショウジさんの店に行きたいという。


ばあちゃんがコーヒー好きになったのはあの喫茶店に通うようになってからだ。
ばあちゃんはそこのマスターに恋をした。
戦争で新婚だったじいちゃんと死に別れてから、女手一つで親父を育て上げたばあちゃんは、近所にオープンした喫茶店で、若かりし日のじいちゃんに似たマスターに恋をしたのだ。



ショウジさんがね。
そう話すばあちゃんは少女のように頬を染め、愛らしく可愛らしい。
ショウジというのはじいちゃんの名前だ。
ばあちゃんの心はすっかり昔の若い頃にワープしたまま戻ってこない。



ショウジさんのコーヒーは美味しいわ。
震える手で取っ手を握り、一口ゆっくりと啜ると
そう言って僕を見上げる。
庭先で転んでからというもの、ひとりで喫茶店に通えなくなったばあちゃんは、俺をショウジさんと呼ぶようになった。
俺はあなたの孫ですよ。
そう伝えるのはなんだか酷く意地悪なように感じられた。
ここが何十年もばあちゃんが立っていた台所ではなく、ショウジさんの喫茶店だと思っている。
いいじゃないか。
それがばあちゃん孝行ってものだ。


ありがとね、ヒカル。
え??
以前のかくしゃくとしたばあちゃんの声。
思わずばあちゃんの顔を覗き込む。
わかるの?俺のこと。
ばあちゃんのシワだらけの手を握る。


いつか帰ってきてくれると思ってた。
ショウジさん。


俺は涙を瞼の裏に押し込んで聞いた。
ご注文はいかがなさいますか?




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