龍使いの人に前世を見てもらったら

かれこれ7、8年前になるだろうか。
知り合いからおそらくあなたは興味を引かれるかもしれないと一人の占術師を紹介された。
お化けとか霊とか諸々、その類は在る!!と物心ついた頃から信じて疑わずにきたので、その話に嬉々として飛びついた。 

信じられないかもしれないけど、と少し声をひそめて劇的な間を取り彼女は言った。

"その人ね、龍が視えるのよ。"
"龍???"

"そう、龍よ。
あの空を飛ぶ蛇みたいなやつの。"

霊が視えるとか、オーラが視えるとかは聞いたことはあったが、龍が視えるとは初めて聞いた。
ファンタスティックなお伽話に紛れ込んだ感覚に陥り、どこか懐かしいような『龍』という響きに心が揺れた。

彼女の話は続く。
K市にある古〜い木造の家に住んでるおばあさんがそこに龍を飼っているらしいの。
もちろん視える人にしかわからないんだけどね、その占術師の人には視えたらしいのよ。
そしたらおばあさんがその人に私の跡を継いでこの龍を飼ってくれないかって頼んだらしいわ。
おばあさん曰く、龍を扱える人はなかなか見つからなくて、その人は100年にひとりの龍使いだって喜んでたらしいの。

へー、とうなづく私に彼女がニッコリ笑いかけた。
どう?興味あるでしょ?
その人ね、どうやら前世も見ることができるらしいから試しに視てもらったらどう?

一瞬、私の頭上にとぐろを巻くようにゆっくりと動いている龍の姿が見えた気がした。
かくして私は、その、龍が視える龍使いと会うこととなったのだ。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

"龍が視える人"は色白でヒョロっとした手足がながい、生真面目そうな、物静かな水を湛えているような目をしていた。
小さな駅で待ち合わせ、連れて行かれたのはこじんまりとしたファミレスだった。
ぼつぽつとしか座ってる客もなく、お昼にはまだ早かったのでドリンクバーだけ頼み、各々飲み物を持ってきて端っこの4人掛けの席に座った。

彼はま正面に座ると、じっと私を見るや否やノートを取り出して何やら描き出した。
何を描いてるのかと乗り出して見ると、どうやら私らしい顔、首、肩。
そしてその肩のあたりに蜂のような虫らしきものが2、3匹飛んでいる様子が描かれていた。

うーん、と彼が首を捻りながら口を開く。
「あなたは何をしている人ですか?」
「私ですか?えーと、人に頼まれてフラワーアレンジメントを作ったり花束を作ることもありますけど…」

ああ、どうりで、だからか、と呟く。
これは、と言ってその丸々と太った蜂のようなものをペンで示しながら言った。
「普通、妖精というのは草花など自然の中にいるもので人の傍にずっといることってなかなかないんですよ」
まるまるとしたそれは蜂ではなく妖精だった。

あなたの肩のところに、と私の右肩をペンで指し、ずっと2、3人の妖精が飛び回ってるんですよ。
こんなのは僕も初めて見ましたとにっこりしたのでつられて私も笑った。
たぶん良いことに違いない。

名前と生年月日を書くよう言われ、ノートを返すとやおら天に向かって両手を差し出して何やらゴニョゴニョと口の中で呟き出した。
隣に座っていた老夫婦がギョッとした顔でこちらを見たのが横目でわかった。
同じくらい私も驚いていたのだ。
しかし、もうしょうがない。
なんでもないんです。
怪しい勧誘されてるんじゃないんですと心の中で叫びながら、平静さを装いながら一連の儀式が終わるのを待った。

ふーっと長い息をつくと龍使いの人はペンを持ち、また何やら描き始めた。

流れるように落ちる髪の毛と着物。
これはもしかして。
顔を上げると、彼が言った。
「平安時代のお姫様が前世だったようですね」
うっとりした私に向かって、残念そうに眉が下がるのが見えた。
「ただこのお姫様、かなり気性が激しくて、気に入らない者を牢屋に入れたり、下手をするとこうしたんですよ」
と、手で首を落とすようにトンと叩いたのを見て心底がっくりした。

もう少し普通の人生を送った前世はいないんですかと聞くと、彼はまた両手を天に突き出して唱え出す。
隣の老夫婦はもうこちらを二度と見ないと決めたらしい。

そうですね、風車とチューリップが見えたんですが、と手を下ろすと、どこだろう、あの風景は、と首を捻っている。
オランダじゃないでしょうかと言うとにっこりして正解というように目を輝かせた。

そこで、普通の家に生まれ、普通に結婚して子供を産み亡くなった庶民の娘さんですと言われ、平安のお姫様のことは忘れることにした。

あなたはご紹介だったので少し時間をおまけしましたと龍使いが腕時計をチラリと見やり言った。
まだあと4件あるんですと席を立ち、私達は外に出た。

別れ際、彼が言った。
あなたもよく人から相談を受けませんか?
そうですね、昔からよく相談されることが多いですと答えるとうなづく。
あなたもこちら側の人間ですからと言う。
こちら側?
と聞き返すと、私と同じ人間だということですよと真顔で返ってきた。
相談されるということは人から寄られるということ。
救いを求められるということなんです。
生きてる人間は死んだ人間よりはるかに怖いものですからね。
すべて背負う必要はないですからね、と念を押し、龍使いは次の悩める人のもとへと去った。


あなたは言葉に気をつけなさい。
あなたの話す言葉には自分が思うより遥かに力がある。
人を傷つけることを知らず知らず発していることがあれば、それは前世のお姫様があなたを支配している時だから。
そういう時には、お姫様に黙ってなさい!と命じてください。
そうすると意識があなた自身のものに戻るから。

龍使いに先程教えられたアドバイスを反芻しながら空を見上げた。
私は龍も扱えないし、他人の前世もみることはできない。
普通の人間でじゅうぶんだ。

白い雲がちょうど龍のように口を開き、長い胴体をくねらせながら水色の空に上っていくのを見つめながら、そう思った。



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