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ゴキブリは悪人の生まれ変わりかもしれない


今日はまだお客様は来ない。
彼はしばらく集中してカチャカチャとリズミカルにキーボードを叩いている。
時折、ひとりごとというには若干大きめな声でぶつぶつ呟いている。
こんなのは営業さんはよくあること。
以前は返事するべきかどうか迷ったりしていたが、今では完全にスルーだ。

カチャカチャの音が止まった。
あーもう首が痛いですよ、オラヴさん。
彼はコキコキと首を回しながら大きく息をつく。
だいたいどこか痛いのだ。
少し前には腰が痛いと言っていた。


何か飲みますか?
えっ、いいんですか?オラヴさん!
ホットがいいですね〜コーシーは。
はい、わかりましたと言って立ち上がり、ドリップコーヒーを淹れる。
うまいっすね〜コーシーは。
それならよかったです。

営業の中ではその彼は一番歳も近いので、仕事以外のプライベートの話もよくし合う。
このあいだね、うちにゴキブリが出たんですよ。 コーヒーを美味しそうに啜り、話しだした。
出ましたか!というと嬉しそうに大きく頷く。
というのもね、テレビを見てたら視線を感じたんですよ。
あたりを見ても誰もいないのはわかってたんですけどね。
でね、またテレビを見始めたら、やっぱりすごい視線を感じるわけですよ。
で、絶対何かいるなーと思って探したわけですよ。
そしたらいたんですよ、ヤツが。


ゴキブリですね。


そうです。
で、じーっとこっちを見てるんですよ。
視線を外さないんですよ、やつは。
考えてるんですよ、それがわかるんです。
たしかに。なんかじーっと止まったままこっちを観察してますよね。


でしょ??
私が思うに、ゴキブリってのは自分のこと人間だと思ってるんじゃないかと。
悪いことした悪人だから、死んだ後にゴキブリにされちゃって、でもそれに気がつかなくてあいつらは自分が人間だと思ってるんですよ。
だいたい寿命が半年くらいらしいから、またゴキブリに生まれ変わっちゃうの繰り返しなんですよ。
だいたい、人間と視線を合わせるとか普通やらないでしょ。下手したらあいつらこっちに向かって飛んできますからね。
あれはね、殴りかかってるつもりなんですよ。
自分がゴキブリになってるとはわかってないから。


彼はひと息に持論を述べて残りのコーヒーを飲み干した。
たしかにそうかもしれない。
ゴキブリは生前悪いことした人間の成れの果てなのかもしれない。
いや、もうそうとしか考えられないですよ。
あれほど嫌われる虫が他にいますか?
たしかに…思わず頷く。
見つかった途端に私たちに駆除される運命ですからね。今度生まれ変わるとしたらやっぱり人間がいいですよね〜。
そう言って彼はわははと笑った。


そりゃそうだ。
目が覚めたら人間におののかれ、嫌われ、舌打ちされ、睨まれ、悲鳴を上げられたり、おまけにスリッパで頭を叩かれたり、薬剤かけられて苦しむなんてまっぴらごめんです。


願わくばどうか来世も人間でありますように。

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