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独立リーガーのSNS活用に関する一考察

ことは2021年2月5日、関西独立リーグ・堺シュライクス球団オーナー松本さんのツイートから始まりました。

https://twitter.com/matsumoto0710/status/1357526201498181632

「独立リーガーはなぜSNSで積極的に発信しないのか?」という問いです。
これをめぐって、多くの独立リーグ関係者・選手・ファンが「選手とSNS」について、自身の希望や方法論の提案、発信がされない構造等の自論をツイートし、前向きでありながら終着点の見つからない議論(往々にしてSNS上の議論とはそういうものではあるが)が展開されました。

私自身も考える事があったのですが、いかんせん140文字とその連続ではいささか窮屈なので、noteに思うがままに書くことにしました。

この議論において、主な登場人物として「選手」「球団」「ファン」の三者のステークホルダーがいて、それぞれが「選手のSNS発信」に対する態度や意見があると考えます。
ですので、これらのステークホルダー別に「選手によるSNS発信」への態度を構造的に推察していきたいと思います。

5000文字以上になったので、要約もつけておきます。

・球団が選手にSNSを促進するのであればSNSにかかる責任の範囲と所在を明確に伝える事で促進できるが、その為の人的・時間的・技術的費用を独立球団規模で担保するのは難しいのではないか。
・たしかにファンにとって選手個人からの発信は嬉しいものであるが、その要求の大きさは、球団公式の発信の少なさに対する要求を選手に転嫁しているところもあるのではないか。
・選手はSNSの発信に対して、得られる便益は何か、そして損失は何かを主観的な天秤にかけ、便益の方が大きければ発信を積極的に行う。積極的な発信を促進するためには、選手の考える損失を小さくし、便益を大きく感じさせる球団とファンの取り組みが必要であろう。(ただし、球団には先に言ったように限界もある)

ぶっちゃけ、この要約を読めば十分なのですが、それでも気になる方は本文も読んでいただけると幸いです。

球団にとっての「選手によるSNS発信」

まず「球団」はどうなのかというと、堺の松本オーナーは先の通り積極性を求め、BC福井は入団発表と同時に数多くの選手が入団報告をしたように、選手の積極的なSNS発信を許容し、また求めているところを推察します。

ただ、全ての球団が求めているかというと、そういう事は無いでしょう。
いくつか要因はあると思うのですが、一つは選手が無自覚で行っているがゆえに発信してしまった社会的にふさわしくない行動による球団信用の喪失を避けたいというのは挙げられそうです。

第2に、自由で発信できるメディアであるが故の、チーム批判や暴露を避けたいということです。チームの采配や指導方法に関して批判を行い退団する選手は、ここ数年でも何人か見てきました。

次に(というか上の二つの要因を潰すための方便として使われることが多いですが)、「そんなことをやっている時間があるなら野球をしろ」という意見、これはNPBとかで成績が奮わない選手に対してもしばしば言われることですね。

三点目に関しては、あまりにも「方便」が過ぎるので、多くは語りません。
一点目、二点目に関しては球団のガバナンスや選手教育の問題であります。
「社会的に望ましい行動」や「チーム批判」の発信の問題は、選手のケガと同様に「望まないが発生しうるもの」です。無いに越したことはありませんが、個人の自由が認められている以上、それは起こりうります。

なので、チームがなすべきことは、しっかりとした外部への説明力の構築です。
「選手教育はこのようにやってきた」「指導に関してもこのようにやってきた」と問題が起きた時に、しっかり説明できるようにしておく事です。
スポンサーやファンとの信頼関係の構築も必要でしょう。
「社会的にふさわしくない行動」については具体的なペナルティーを定め、指導方法についても高圧的にならず、選手には外部の相談窓口を設ける等の対応をとることでこれらの課題は対応できそうです。

ただ、これは後でも述べる事ですが、球団の企業としての体力がどれだけあるかという事が、影響を及ぼしそうです。
球団の業務として第一に選手・コーチの獲得、練習会場・試合会場の確保があり、諸々の営業や広報の必要業務があり、地域での活動があります。
その中で追加的に行わないといけない事ですから、発信に重視を置く球団かマンパワーに余裕のある球団でないと、選手の自主的な発信とそこに対する備えに対して消極的にならざるを得ない構造がある事が推察できます。

確かに、集客につながる事は想像できるが、それが具体的にどのような成果を上げるのか、はっきり分からない以上、どれほどの人的・時間的資源を投入していいか分からない、というのが現状ではないでしょうか。

ファンにとっての選手のSNS発信

概ね独立リーグにおいては「ファン」が「選手」の発信が少ない、もっと欲しいと評価しているように解釈しています。
ただ、これに関しては芯を食っているのかというと、私の仮説では半分正解で半分は間違っていると思います。

まず、何よりもファンの中で、今まで独立リーグだけのファンだった、という人は稀です。
ほとんどのパターンはNPB(いわゆる「プロ野球」)や他のスポーツリーグのファンであり、そこから独立リーグもファンになった、という現状があります。

NPBの情報発信は多岐にわたります。TVや専門チャンネル/ネットサービスによる試合の配信、夜のスポーツニュース、スポーツ新聞やそのネット記事、それに加え近年の球団と選手によるSNS発信にネット掲示板やまとめサイト等と、本当に数が多いです。
NPBの球団ファンは基本的に応援するチームやリーグに対して、消費しきれないほどの情報を無料(もしくは廉価)で享受する事ができます。

こうした状態に基本的に慣れていれば、いくら独立球団で差し引いて考えたとしても、求める情報のハードルは、独立球団の企業規模と比較してかなり高いものとなる傾向にあります。
特に球団のSNS広報に関しては、スケールメリットが働く部門であります。
球団公式発表だけでも、同じ情報を求めるなら独立球団にかかる負担は相当なものになり、本当に必要最低限の発信しかしない/できない球団が出てきても、不思議ではありません。
なにせ、球団の売り上げは12球団平均150億円と言われているNPBと比して、独立球団はその1%、小さい球団だと0.5%の規模で運営しているのですから。

ともあれ、このような状況下で、ファンは発信されている情報を「全て」享受する事が可能な状態で、それでも足りず、日程を求めるあまりに市営球場の予約表を球場まで見にに行って、「おい!この日に試合開催されるぞ!」とふれまわるくらいの「いじらしさ」も持ち合わせているくらいです。

基本的に独立リーグのファンはチームと選手情報に対して飢餓状態です。
「ファン」が「選手のSNS発信」を求める事が「半分間違い」というのは、この部分なのではないかと思います。
つまり球団公式/メディアの情報でチーム情報や選手情報が満たされれば、そこまで選手個人に対して情報発信を求めないのではないか、という仮説があるからです。
公式が発信しないから、その矛先が選手に向かっているという構造ですね。

「半分正解」の部分は普通にフィルターを通さない選手を知りたい、という欲求です。
これはSNSの魅力であり、パーソナリティが出てくることで、愛着が沸き、観戦や応援の意欲に繋がります。
ただ、ある程度、球団の公式の発信やメディアで補えるところもあると思います。

選手にとってのSNSの発信

さてここからは、SNSで発信する選手本人について考察をします。
単刀直入に言うなら選手が個人で発信するかしないかは「発信するころで得られる期待便益」と「期待損失」の比較によって決まるという事です。
期待便益の方が大きいと発信しますし、期待損失の方が大きいと発信はしません。
非常にシンプルです。
あくまで「期待」です。選手の主観による見立て/思い込みです。
つまり、発信を促したいのであれば、期待損失を減らし、期待便益を増やす試みをすればいいのです。

選手にとってのSNSの発信の期待損失

まず、期待損失の方から見て行きましょう。
第1に挙げられるのがスイッチング(切り替え)コストやイニシャル(導入)コストです。
独立リーガーとはいえ、基本的に学生野球やアマチュア野球の世界から、プロの世界に行くわけで、選手の存在がオーソライズ(公認化・権威化)されます。
ただ、既にSNSをやっていて、友達や彼女や家族などのフォロワーがいて、プライベートに利用しているケースは散見されます。
なんなら、twitterのヘッダーが彼女とのツーショットという選手もいるくらいです。
こういう選手にとってSNSはプライベートで使用するものであり、そこから「野球選手」として発信するのには、アカウントを作り替えるなり、過去の投稿を消すなりのスイッチングコストが発生します。
もちろん、今までSNSなぞやっとこと無いという選手は、そのイニシャルコストがかかります。
これらのコストが損失として計上されるわけです。

第2に挙げられるのが、チーム内の社会的な費用です。
先の発信に消極的なチームにおいて挙げた「社会的にふさわしくない行動」に対するフロントの目、「そんなことをするんであれば練習しろ」という監督・コーチの目、同僚の選手からの目も同様の社会的な費用となり、期待損失に計上されます。
もちろん、そんなこと知ったこっちゃないわ、という選手に関しては、この期待損失は少なく見積もるわけです。

次に挙げられるのは、実費での期待損失です。
よほどな事が無い限り発生はしませんが、相当な事をやらかして、スポンサー・球団等から損失の補填を求められて、そこにかかってくる損失ですね。

ここまでの点は先に挙げたチームの取り組みである程度、ケアできそうなものです。
例えば、導入方法の指導や、新アカウント作成の支援、チーム内でのSNSの位置づけの説明等によって、発信していいんだという土壌作りです。
方法論に関しても、元選手の三木田さんらからいくつか発信されています。

https://twitter.com/RyugenMIKITA/status/1357657509348052995

最後に、こればかりは球団でもどうしようもない投稿の手間、つまり時間的コストです。
練習で疲れた体と頭で、投稿のネタを用意して、投稿するのは相当手間です。
このハードルはどうしてもパーソナリティに依存するところでしょう。

選手にとってのSNSの発信の期待便益

さて、次は期待便益についてですが、基本的にはファンが増える事での副次的な便益と捉える事ができそうです。

第一に、ファンが増える事でのモチベーションアップです。
自分も数多くの選手と話す機会がありましたが、やっぱり応援されると嬉しいのです。
自分の打席の拍手が大きかったり、自分の横断幕があったりは、かなり嬉しいとのことです。
お客が入るとテンションが上がって、やたら打ったりファインプレイができると公言する選手もいました。
よくいう事ですが、応援は大きな力にはならないが、1キロ速い球を投げたり、1cmの距離が届く、という感覚は多くのアスリートも発言しています。

第二に、ファンが増える事で自分の現在の収入に繋がりうるという事です。
これはBC福井球団がやっている取り組みですが、入場時にどの選手を目当てで来たかチケットの半券に書いて提出するのです。
実際にどのような選手が人気で、どのように分配されたかは分かりませんが、「お客を呼べる」事をダイレクトに収入に繋げた面白い事例であると思います。

第三に、ファンが増える事で自分の将来の収入に繋がりうるという事です。
これはある選手の親御さんに言われたことです。
「多くの選手はNPBに行けずに引退してしまう。しかし、独立リーグでは独立リーガーというだけで、1000人単位でフォロワーを比較的容易に獲得できるチャンスがある。これは営業系の仕事につくのであれば、会社として活用したい人材になりうると思うんです。人としてのファンを獲得していてそれが顧客になる、さらに既に炎上しないプロモーションスキルを、野球選手として身につけて、就職してくれるわけですから。ただ、息子は上手に使えている気がしない…」
画餅ではありますが、ロジックとしては成立している期待便益だと思います。

この言葉にはその他の獲得できる技能による期待便益も含まれています。
「プロモーションスキル」や「発信力」といった発信を通した技能の習得ですね。
それらは、試行錯誤の上、身につく技能だと思います。

「選手がSNS発信」をしない背景には、周りの態度が大きくかかわっていると思います。
しっかり、球団がやっていい事ダメな事や責任の範囲を伝え、その魅力を発信していくという事、そしてファンもしっかりサポートする事で便益を実感してもらう事が必要なのではないでしょうか?

まとめ

本稿は「選手によるSNS発信」にかかる構造に関して、私の経験をもとに論じたものです。
もちろん、自分もいちファンとして、選手にはもっと発信してほしいと思う反面、選手に過度な負担をかけたくないという側面もあるので、球団からの発信は必要だと思うし、そのサポートを行っていくつもりです。
いかんせん、情報が限られていて、現実にそぐわないところもあるかもしれません。
そんな時は、twitterとかコメントで、こうした見方もできるんじゃないかな、とやんわり教えていただけたら幸いです。
クッソ長い記事を読んでいただきありがとうございました。

https://twitter.com/YamoBlacks/status/1243531841304313858


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