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買わなかったドクターペッパー

昨日自販機で見かけたドクターペッパーを買えばよかったと今になって後悔している。滅多に見ることがないので買おうかと思ったのだが、なんか色々考えて結局ブラックコーヒーを買ってしまったのだ。「ドクターペッパーを買う」という選択をとりあえず保留していつものコーヒーに逃げたと言ってもいい。それを今日になって猛烈に後悔している。

ドクターペッパーは自販機で見かけるのが珍しいとはいえ、ドンキホーテやヴィレッジヴァンガードなどに行けば手に入れるのはそれほど難しくない。だがそういうことではないのだ。問題は、なぜたまたま自販機で見かけたドクターペッパーを気持ちの昂りに身を任せてそのとき買わなかったのか、ということなのである。

感情のままに突発的な行動をとることができないのは、僕の人間的な深みのなさの原因の一つだ。「うわ!ドクターペッパーがある!買おう!」となる人間の方が面白みがあるのはわかっているのだが、どうもそれができない。よく言えば慎重だが、実際は単に面倒臭いだけである。普段と違う行動をとることによって生じるあれやこれやを想像すると面倒になってつい「いつも通りでいいや」と思ってしまうのだ。

それならそれで堂々としていればいいのだが、あとからしっかり後悔するからタチが悪い。そんなことをしてもなんの意味もないのに、なんで買わなかったんだ……とうじうじ考える。こんなことばかり繰り返している。

甘くてほろ苦く、少しクセがある風味。僕にとってドクターペッパーは“後悔の味”なのである(一見うまくまとめたようで全くうまくない!騙されないで!)。

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