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そんな席

ラーメン屋で通された席に座ると、「この席に、室伏(広司)さんが座って特製醤油ラーメンを食べていかれました!替え玉も追加で!」という写真付きの張り紙が貼ってあった。へえ、そうなんだ、とは思ったものの、その情報を喜んでいいのかどうかがいまいちわからない。喜ぶほどではないが「だからなんだよ!」と切り捨てるほどでもなく、それなりに感情が動いた感覚はあるが、そのベクトルがわからなかった。

もし室伏広司を生で見たら、きっとかなり興奮すると思う。室伏は想像以上に体がでかいだろうし、腕だって太いはずだ。その体が実体として目の前に存在しているだけで、想像を超える迫力があるに違いない。太陽の塔を実際に見たときの感覚に似ているのではないか。そんなのどうしたって感動するに決まっている。室伏は爆発なのだ。

ところがだ。「室伏がこの席でラーメンを食べた」という情報はあくまで情報でしかない。憧れの有名人や人気俳優等ならその情報だけでもありがたみが生じるが、室伏は僕にとってそうではないのだ。僕にとっての室伏はあくまで「ハンマーを遠くまで飛ばす人」であり、「物腰の柔らかそうな力持ち」なのである。だから同じ席でラーメンを食べたと言われても、「カウンター席で狭くなかったのかな」くらいの感想しか抱くことができないのだ。実際に目の前で食べていたら、「すげー!丼が小さく見えるぜ!取り皿か!?これは取り皿なのか!?」とか思うと思うのだが。

そんなわけで、ベージュのスーツに身を包んで柔和な笑みを浮かべる室伏の写真に見守られながら、僕は麺をすすった。ラーメンはとても美味しかった。スープは見た目よりもあっさりしていて麺はもちもちで喉越しがいい。そりゃ室伏も替え玉するわけである。僕も室伏に倣って替え玉をしようかと思ったが、食券制の店で追加注文するのがやや苦手なため諦めた。替え玉という選択肢を、ハンマーのように投げたわけである。全然上手くはないけど。

ラーメンを完食すると、満足した僕は店員にご馳走様でしたと声をかけて店を出た。室伏に比べるとずいぶん軽くて頼りない声だっただろうが、店員は元気に「ありがとうございました!」と返してくれた。

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