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笙にまつわる、鳳凰のイメージ

笙という楽器は、「鳳笙(ほうしょう)」とも言う。これは、笙という楽器の起源が鳳凰と共に語られているからだ。江戸時代の雅楽事典とも言うべき大著「楽家録」には、

頖宮礼楽疏曰、列管為簫聚管笙、鳳凰於飛簫則象之、鳳凰戻止、笙則象之。

頖宮礼楽疏によると、竹管を並べたものを簫(しょう)とし、竹管を丸く束ねたものを笙とする。簫は鳳凰が飛んでいるのを象ったものであり、笙は鳳凰が戻って止まっているのを象っている。(著者訳)

 楽家録 巻十 鳳笙

とある。簫というのは、「笙」と同じ読み方だが、「排簫(はいしょう)」という楽器と同じだ。排簫は、古代のパンフルートのような楽器で、現代の雅楽の伝統の中では用いられないが、東大寺の正倉院に宝物として納められている。楽家録にあるように、まさに排簫は竹を並べた形で、笙は竹が丸く集まった形をしている。この排簫という楽器と、笙という楽器は発生的にとても関わりが深いとされていて、古代中国における音律の発生とも関わっていると考えられている。

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秦の始皇帝の宰相であった呂不韋が編纂させた書物「呂氏春秋」に、かつて、中国の伝説上の皇帝である黄帝が、楽人である伶倫に音律を定めるように命じたことが、記されている。

伶倫は、大夏の西方から崑崙山の北側に入り、嶰谿の谷で竹を取り、生長して穴の直径が一様であるものを選んで、節と節の間を切って長さ三寸九分にそろえ、これを吹いて出る音程を黄鐘の宮音とした。それは「舎少(シャー)」という音色であった。次に十二本の管を作ると、崑崙山のふもとに行き、鳳凰の鳴き声を聞いて、それを十二の音律に分けた。雄鳥の鳴き声には六種あり、雌鳥の鳴き声にも六種あったので、先の黄鐘の宮音に照らして、調整した。黄鐘の宮音があってこそ[他の音を]全て生み出すことができたのである。ゆえに、黄鐘の宮音は十二律呂の本である、といわれる。

呂氏春秋 巻五 仲夏紀「古楽」

楠山春樹「呂氏春秋 上」明治書院 p.137 より引用

崑崙山は仙人の住まう伝説の山だが、「大夏」は中国の歴史書にもある中央アジアの国らしい。ここで描かれているのは、古代中国で発生した音律算定法の、「三分損益法」の起源だろう。三分損益法は、基準となる竹の長さを決め、そこから竹の長さを増減して音階を取っていく方法のことだ(三分損益法 - Wikipedia)。

排簫も、笙も、「竹の長短で音律を定めていく」発想と関わっている楽器で、三分損益法の発想と似ている。実際、排簫と、笙は、三分損益の発生と関わっているとも考えられているそうだ。当然ながら現在の笙も三分損益で調律されている。

呂氏春秋では、さらにこの後、伶倫は作った十二の音律から、十二の鐘を作っている。「編鐘」という楽器があるが、これも古代中国の音律の考えと密接に関わり、笙とも関わっている。

この音律の起源にも鳳凰の鳴き声が関わっていることが、何か「音律の発生」と排簫や笙とのつながりをさらに連想させるように思う。

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もうひとつ。日本で中世に著された雅楽に関する書物、「教訓抄(きょうくんしょう)」にも、笙の起源について、次のように書かれている。

混天図曰、笙者、女媧氏所作也。十九鳳浜ニ立鳴声種々也。女媧聴之、切澥谷之竹、作笙。仍称笙名鳳管也。 

混天図によると、笙は、女媧氏が作ったとされる。十九羽の鳳凰が浜に立って様々な音色で鳴いていた。女媧はこれを聴いて、澥谷(けっこく)の竹を切って、笙を作った。よって笙を鳳管と言うのである。(著者訳)

教訓抄 巻第八 管類 答笙

女媧というのは、古代中国の神話に出てくる、土と縄で人間を創造した女神。中国においても、神話の中で笙は女媧が作ったと言われている。澥谷というのは、呂氏春秋の中に出てきた「嶰谿」、伶倫が竹を取り基準の音律を作った場所とイコールのようで、崑崙山の北にある谷だとされてる。ここでは、女媧が鳳凰の声を聴いて、「笙」を作った、ということになっている。

教訓抄の引く「混天図」という文献については不明のようだし、呂氏春秋と教訓抄では時代も国も文脈も違うのでなんとも言えないが、同じ崑崙山の北の谷で伶倫は竹から音律を作り、女媧は笙を作った・・・というイメージの連なりはとても面白い。

このように見てくると、音律の起源、竹、三分損益法、排簫、笙、そしてそれらにまつわる鳳凰のイメージは、連なっているように感じられる。史実はともかく、笙という楽器はそのようなイメージの元に受け継がれてきたものなのかもしれない。古代中国において「音律」とは、国家を含めた宇宙規模での思想性を持っているのだが、その宇宙性の象徴としての「鳳凰」から音律が生まれ、そのイマージュが今の笙という楽器にも受け継がれているのだとしたら面白いなあと、いち演奏家としては思っている。

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