見出し画像

小説【せとでん通勤者~妄想する女~】

 午前7時48分「大森金城学園前」駅。ドアが開くと女子大生の華やかな一団が下車していった。 
 入れ替わりに乗車してきたカレシとカノジョのふたり連れ。運よく空いた私のまん前の席にするりと並んで座った。 

 え、だるま? と思うほどにまん丸の身体つきのカノジョ。
 嬉しそうに自分の脂肪で膨らんだ肩を、隣に座ったカレシの身体にクイクイと擦りつけながらおしゃべりが始まった。ふたりがステディーな関係かどうか確かめる術はないけれど、人目もはばからず、どこか自慢げに自分たちの親密さをアピールしている。 

 なるほど。カノジョが、これが私の男よと、見せびらかしたくなるのも無理もない。私だってこんな素敵なカレシだったらそうしたかも。  
 何しろカレシは、K-POPアイドルのように爽やかなイケメン。スーツを着ているから社会人と思われる。そう、推測だけど、たぶん。 

 それにしても典型的な「醜女と美男」の組み合わせ。申し訳ないけれど「美女と野獣」のカップルより、なんとなく滑稽に映るのは否めない。

 当のカレシは、自分たちのアンバランスさを自覚しているのか、はたまた公衆の面前で、臆面もなくベタベタと身を寄せてくる行為そのものを恥じているのか、カノジョに対して終始つれない態度で接しているのだった。
 そんなカレシの様子に、全く気付いていないカノジョもまた痛々しい。

 私はふたりのどちらにも同情しつつも、意地悪な感情が頭をもたげてくるのを抑えられなかった。

 その鈍感さが、あなたをそこまで太らせるのよ。
 ミニスカートから生えたカノジョのふくらはぎが、一升瓶の腹ほどもある。太ももは、何に例えていいのか思いつかないほど、それ以上にむっちりと膨らんでいる。

 もし私だったら、アイドル系カレシにふさわしい女になるべく最善の努力をするのに。あなたみたいにそんな太い足で、しあわせの上に胡坐は絶対にかかない。

 太ももの奥の翳りが、イヤでも目に入ってくる。弾力のよさそうな太ももに、爽やかなカレシの頭が乗っかっている姿がありありと浮かんできた。
 いや、むしろ、この無防備に緩んだ姿態に虜になっているのは、カレシ本人かもしれない。

  いけないイケナイ! 
 
 私は、頭を小さく左右に振った。貴女のそのタガを外した身体つきが、ひとりぼっちの女の妄想を生むのよ。朝っぱらから、親密なカレシとカノジョは迷惑なのよ。 

「せとでん」が、矢田川の鉄橋を渡り終えて「矢田」駅に停車すると、カノジョが膝の上の大きなバッグをまさぐり始めた。その間も、おしゃべりは止まらない。
 そうして、ようやくカノジョがバッグから引きずり出したのは、ランチバッグと思しき手作り感満載の、お揃いのトートバッグだった。カレシに一方を手渡すと、カノジョは首を少し傾げて、ムーンフェイス一杯に笑みを浮かべた。

~次はァ大曽根ェ大曽根ェに停車しまァす。地下鉄とJR中央線、ゆとりーとラインはァ乗り換えでェす~

 「大曽根」駅に着くと、カレシはカノジョに小さく手をあげて降りていった。車内にひとり残されたカノジョの顔は、慈愛に満ちた笑みを湛え続けているのだった。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?