気分と収入が上がるネイルサロン
第1章
I県の海側にあるO市には小さな小さなネイルサロンがある。
やってくる客はなぜか皆、書類を携えてやってくる。
そして「書いてきました!」とネイリストに書類を提出すれば、爪とともに心と気分とビジネスセンスが磨かれて、気分も収入もどんどん上がっていく。
「気分も収入も上がるネイルサロン」
そんなどこかファンタジーみたいな噂を知って、また1人の女性が、ネイルサロン「ラグネリ」のサイトから予約ボタンをクリックしたーー。
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「いらっしゃい!本当に来てくれたんだ!」
開口一番に嬉しそうに明るく出迎えてくれるネイリスト。
白いドアを開けたら小さな白い空間に調度品が控えめに置かれていた。
私がユリコさんのネイルサロンを予約したのは、地元の起業・ビジネスセミナーの講師がユリコさんで、さらに一緒に受講した人が話していた噂だった。
「ユリコさんのネイルサロンでネイルしてもらうと売上が上がるらしいよ!」
ハンドメイドやブログなどで収入があるところから、思い切って開業届を出した私。「リアルビジネス超初心者な女性起業者」だからこそ地元のセミナーでユリコさんが講師を務めた「ビジネスプランの書き方」を受講したわけで。
なので、噂を聞いて「面白そう!」と速攻でネイル予約して、学んで作成した「ビジネスプラン」の書類の束とともに、いざネイルサロンに!
……来たはいいものの、ド緊張でしどろもどろ。
美容院ですら敷居が高く感じていて予約するのも億劫なのに……ネイル予約に「書類」という口実があって良かった!と考えているあたり、マジで私が陰キャなのを物語っている。
「じゃあ、まず爪磨こうか!」と言われ、書類と両手の爪をユリコさんに差し出す。
「おおー!やってきてくれたの?スゴイ!見ながらやってくね〜」
スゴイと褒められたものの、書けたのはユリコさんのセミナーのおかげだった。だってビジネス知識ゼロの私が講座を受けて家に帰ってから即取り組めたのだから。そして事業計画&ビジネスプランの書類を提出できるくらいなのだから…とりあえずは。
そう思うと、やりながら考えればいっか!の勢いで出した開業届って無謀すぎただろうか。
ユリコさんは爪を磨きながら書類に目を通しつつ、お互いに同じ名字だから下の名前で呼び合おっか〜と提案してくれた。
そして、書類に目を落として開口一番に言われたのが
「ミカちゃん……これさ……ミカちゃんの物語が全く見えないわ」
だった。そして次に
「う〜ん……ときめかないなぁ、これ!」
えっ……!?物語……ときめき…?
ええと…ビジネスプランに「ときめき」の単語って、アリですか?
「もちろんもちろん!セミナーでも『ストーリー性』の話とか『needsとwants』のお話をしたけど……ミカちゃんの場合、それ以前をどうにかする必要あるのかも……」
リアルビジネスをどうしたら良いのか分からないからモヤモヤしていると思っていた私に、ユリコさんが指摘する。
「書類はね、よくまとめられていていいんだけど、ビジネスの動機がね……受け身!!ネガティブすぎ!多分、こうじゃないはず!!」
言われてグサッときた。
私が起業を始めた…というよりも、女性がひとりでどこにも所属しないで稼ぐ道に入った経緯「だげ」を正直につづっていた。
……いや、正確にいえば、全てが正直でもなかった。
というか、もう何が自分の本当に気持ちなのかも分からない状態で、「とある一点」をどう表現して良いのかを隠していた。
本当の本当に、起業の道へと進んだ原点。
正直それってなんだろう?
一番そこを自分でどう表現したら良いのか分からなくて「ラグネリ」に来たようなものだった。
「よし、爪磨き完了!きょうはどんなデザインにしよっか?」
「宝石ネイルやってみたいんですよね…あと宇宙っぽいのもやってみたいんです。なんというか、鉱石っぽいイメージというか…」
ネイルをしている間に、ユリコさんにポツポツと話しながらポツポツと涙を落としてしまった。
私がどう表現して良いのか分からない「とある一点」。
それは、夫が急逝したことだった。
気持ちが塞いで外で働くのが辛くて嫌だったこと。
悲しくて辛いけれどもこの町は震災で皆が大事な人を亡くしている。自分以上に大変で辛い気持ちの人たちがたくさんいるのに私は…と自己嫌悪になること。
どうにか在宅フリーランス状態で収入を得られるようになって起業に至ったことーー。
私の起業に至る道のりを説明するのに、なくてはならない「夫のこと」。
「そっか…うん、それだ!その話聞いて、ようやく分かったわ…」
ユリコさんが頷く。
どんどんネイルがキレイになっていった。
『仕事で黙々とパソコン打ちまくる自分の指先が綺麗だったら、モチベ上がる!』
その気持ちを教わったのは10年ほど前ーー最近ようやく思い出して自分でネイルしていた。
ああそうか。書類とかビジネスなくても、本当は私はネイルをしに来たかったのかもしれないと改めて思った。
「泣いてスッキリしていこう!デトックス大事だから!そりゃ出さなきゃダメ。私なんてさ〜」
とユリコさんの体験談と笑顔に励まされていくと、
「うん。ミカちゃんの次の課題はね、辛いかもしれないけれど、ダンナさんが亡くなってから何を思ったのか、全部書きだしてみて。一旦全部吐き出そう」
そこに起業のヒントも埋もれている気がするというユリコさん。
次の予約を入れて、泣いてスッキリ、爪も今まで決してしたことがなかった青系のネイルを見ながら、ラグネリを出た。
そして数日後……
「なにこの臨時収入!?」
思わずつぶやく。
ポツポツとユリコさんから出された課題をしつつ、仕事であるパソコンもしつつ作業をしていた時に、全く想定外の仕事依頼が舞い込んできた。2時間ほどの作業で1万円の収入!
慌ててユリコさんにSNSで報告メッセージを送る。
すると、返ってきたのは意外な返信だった。
『ミカちゃーーーーん!やったね!
発動条件があるから、収入の上がるネイルになってくれて良かったーー!!
嬉しいご報告ありがとうー!どんどん金額もアップするように私もネイル気合い入れて作るよーー!^^』
発動条件……???
一体どういうことなんだろう…???
喜びとともに、ラグネリの収入が上がるネイルの謎パワーって一体何なのか、そして条件って一体何なのか……驚くばかりだった。
(続く)
※作品は実話を元にフィクションを含んでいます。
2019年9月現在「note」で無料公開中!不定期連載予定です。
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