田中 油虫

田中 油虫

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  • 睡眠具-looking

    小説『睡眠具-looking』のまとめです。同性愛描写があります。

  • キッチンの明かりひとつ

    眠れない夜にどうぞ。

最近の記事

睡眠具-looking(7)

気が動転していた。ライマがこちらを見ていない隙に鞄にぬいぐるみを詰め込んで、外へと運び出して来てしまった。いつの間に、雨が降り出していた。 家路の途中、橋の下を覗き込んでみると、雨を集めた川が轟々と流れていた。水嵩は増し、濁流となってゆく。 濁った水面に、どうしようもない気持ちを落とした。鮮やかな緑色は流れに揉まれて消えていった。 傘もさし忘れたままライマの家を後にしてきて、気づけばもう家の玄関に立っていた。すこし錆びた気のあるドアを開けると、重い湿りが立ち篭める。 手を

    • 睡眠具‐looking(6)

      眠れるはずがなかった。こうなる以前のように、ライマの盗み撮りを目に流し込んでみても、まるで腹の虫がおさまらない。脳内を這いずり回る嫉妬が私の四肢をばたつかせ、掛け布団が大きな音を立てて床に雪崩れる。 喉が渇いた。 冷えた床を一歩ずつ、伝うように歩いてゆく。硬い床の感触一粒一粒が脳の底を澄み渡らせていく。そして、キッチンの電燈の紐をカチリと引いた。 水をグラスに注いでゆく。 まだこれが何かの不具合である可能性を捨てきれずにいた。しかし、こんなに明瞭に少女の身体の輪郭や二人の

      • キッチンの明かりひとつ(2)

        昨晩、貧血が酷くて割れるような頭痛に襲われた。晩御飯はほぼ一口しか食べられず、食欲が無いと言って箸を置くと、顔白いよ、と言われた。そして、そのまま倒れるように眠ってしまった。 翌日の早朝4時半、目が覚めた。そういえば晩御飯を食べて眠る前にも仮眠をとっていたので長く眠れなくて当然なのである。昨日、歯を磨いていないことを思い出した。 洗面台で歯を磨く。歯磨きは好きである。一日に三回磨いてしまうこともある位だ。口の中が汚れていると何だか気持ち悪いような気がしてくるからなのだが。歯

        • 睡眠具-looking(5)

          「ねえ、ティコはいつも起きてるけどさ、眠くなることってないの?」 答えるはずもない、ティコに語りかけるライマ。ぬいぐるみは、寝たりなんかしないもんな、と顔が綻ぶ。彼女はどこまでも少女なのだ。 しかし、次の瞬間、聞き覚えのない声が耳に飛び込んできた。 「あたしは、瞼がないから、目が閉じられないんだよお」 「だよね」 まさか、そんなことがある筈がない。 いやいや、今自分が見ているのは夢だ。なにも不思議なことではない。となるといつも見ていたあの映像は全て私の夢に過ぎなかったので

        睡眠具-looking(7)

        マガジン

        • 睡眠具-looking
          7本
        • キッチンの明かりひとつ
          2本

        記事

          睡眠具-looking(4)

          近頃はひとりで、駅から電車の中、そして最寄り駅から家路までをぼうと夢想しながら帰ることに耽っていた。彼女のことを考えるのに、これ程までに甘美な時間を私は知らなかったのである。 彼女もまた、ひとりで帰ることの多い孤高の人だった。黒い紗幕一枚でそこらの有象無象と隔てられているような仄暗さが、私の心を捉えて離さなかった。最も、彼女がいったい何を考えながら帰路を過ごしているのかということについては知る由もなかった。 しかし今日は偶々玄関で彼女を見かけたので、勇気を出して彼女を帰りに誘

          睡眠具-looking(4)

          睡眠具-looking(3)

          チョークがカツカツと黒板に当たる音が響いている。退屈な頭で昨日見た夢を思い起こしていた。 人間は睡眠中に幾つかの夢を見ているという。そのうちでも目覚めた時に覚えているのは断片的なものである。ノンレム睡眠の間には夢が途切れてしまうため、一晩で一続きの夢を見られることは無い、と知っていた。それなのに私は、夜もすがら彼女の夢を見ていたことを鮮明に思い出せた。 斜め前の席に座る彼女の緩やかに結われた黒髪は、美しい夢の中で見たそれと同じであった。 今ここにある意識も、回想の中で夢か現か

          睡眠具-looking(3)

          睡眠具‐looking (2)

          結局、先日の夜は一睡もできなかった。ジリジリとした焦燥感で頭がいっぱいになり、つい通学路でも足早になってしまい、教室に到着したのはいつもより20分も早い時刻であった。椅子に座って彼女を待つ。足を宙で振り子の如く動かしてしまう。 寝不足の頭でも、教室に入ってくる彼女の足音は聞くだけで判る。 「らららららライマ、誕生日おめでとう!!!」 椅子から立ち上がる音で数人が振り向いた。 「ルッキが一番乗りだよ、ありがとう」 「つまらないものだけど…部屋に飾ってくれたら嬉しいな…なんて」

          睡眠具‐looking (2)

          睡眠具‐looking(1)

          スマホの時刻は午前三時を回った。布団に覆い被さった暗闇の中、彼女の声をイヤホンで聞き続けている。 「最近、あんまりよく眠れてなくてさ。」 声の主は、クラスメイトのライマである。彼女は私の家のソファの上、私に凭れ掛かっている。昼下がりの陽射しが彼女の美麗な顔立ちを照らし出している。 それに比べて私の顔はどうだろう。鼻の下は伸び、耳まで真っ赤に染まっているのがカメラ越しにも見て取れる。なんとも情けない。 「もう、ルッキの膝で寝ちゃおうかな。」 ライマの呟きを聞いた私の表情は、よ

          睡眠具‐looking(1)

          解散したバンドが好きだ!-フーバーオーバー

          そこに生きていた人や作品を作った人の足跡があるのにもう二度と更新されることの無い場所は、まるで墓標のように美しく見えるのです。既に亡くなってしまった方のブログや、最終更新日がもう何年も前になりこれから動きそうもない好きだったTwitterのアカウント、そして日の目を浴びたもの、浴びなかったものともに解散してしまったバンドが残していった楽曲の数々。更新されることがこの先無いということは、現在進行形で続いているコンテンツのように並走することが出来ないので、それを追いかけるには過去

          解散したバンドが好きだ!-フーバーオーバー

          ドキュメントMVに恋して

          サカナクションが大分前から好きです。アルクアラウンドのMVを観たのが最初で、第一印象は遊びを全力でやっているバンドだなという感じでした。その時はMVの巧妙さに感動したのですが、聴き続けながらサカナクションというバンドが音楽を愛するプロフェッショナル集団で、各々が計算し尽くした中でも純粋に音楽を奏でることを楽しんでいる人達の集合体であると実感していきました。メンバーを指揮し、バンドの方向性を決定する山口一郎さんは曲自体だけでなく曲をどう魅せるかに関しても非常に拘りが深い人で、そ

          ドキュメントMVに恋して

          キッチンの明かりひとつ

          あんまり親しくない人しかいない空間に居るのがめんどくさくて、今日は交流会みたいなやつをサボりました。色々お菓子食べたり、パーティゲームをするだけの会らしいのでまあいっかって感じでした。実際なにも言われなかったので、帰宅して、パスタを茹でました。トマトパスタが好きなので、トマトを刻んでコンソメとか隠し味にしょうゆとかと一緒に煮込んでソースをつくります。フライパンにパスタをざっと入れてソースを絡ませます。美味しそう。 食べたら美味しかったんですけど、具が結構シンプルで冷蔵庫にあ

          キッチンの明かりひとつ

          壮大な恐怖、ビデオロゴ

          どハマりするジャンルの大抵の第一印象は、「怖い」であることが多い。今となっては大好きな、幼少期に見たエヴァンゲリオンの映像は怖かった。子供は、壮大なのに何を意図しているのか分からないものに対して恐怖を感じることが多いそうだ。そう言われているのも納得である。昔、日曜日の夜に日立のCM『この木なんの木』を見て、木の生命力の偉大さを思わせる映像と荘厳な女性の歌声に底知れぬ恐怖を感じて大きなソファの裏に隠れていた。ずっと恐怖の理由がわからないでいたが、今になって分かる。壮大に世界観が

          壮大な恐怖、ビデオロゴ

          私服で制服が着たい!

          世の中には沢山かわいい服がありますが、どんな服よりもかわいいのはセーラー服だと思ってます。以前アパレルショップでセーラー型のシャツを発見して一目惚れしたのですがサイズが合わず泣く泣くお別れすることに。渋谷などへ行くと量産・地雷系ファッションのブランドが店を連ね、セーラー服型のワンピやコートなどが売られていて、それも凄くかわいいのですが、個人的にはもうちょっと制服っぽさがあるというか、洗練されたセーラー服のデザインが好きなのです。 一般的に私服で売られてるセーラー型のアパレル

          私服で制服が着たい!

          カロリーメイト(文字起こし)

          今年も受験シーズンが近づき、TVや電車内で受験生向けのカロリーメイトの広告が増えてきましたね。以前、アナログブログと称してカロリーメイトに関するちょっとした話を手書きで載せておりましたので、この季節に肖り、それを文字に起こしながら読み返してみます。(一部推敲有り。) 初めてカロリーメイトを食したのは小学生の放課後。学童に預けられていたので自由に公園へ遊びに行ける友人達がうらやましくて仕方がなかった。大して面白くもなんともなかった放課後の唯一の楽しみはおやつの時間。親が学童に

          カロリーメイト(文字起こし)

          松田聖子と薬師丸ひろ子とシャア・アズナブル

          カラオケ中毒の私は、今までに色々なカラオケ店を巡り、色々な部屋を巡って来ましたが、カラオケボックスの中で松田聖子さんと薬師丸ひろ子さんのサインに遭遇したのは初めてでした。何処から手に入れたのでしょう、嬉しくなりました。 カラオケ店にたまたま昭和レトロをコンセプトとした一部屋があり、そこに通して頂いたのですが、居酒屋でよく見かけるキリンビールのポスターがあったり、仮面ライダー一号のジャケ写や昭和80年代のタレントカタログがあったり。過去に好きな昭和のビールポスターを参考にして

          松田聖子と薬師丸ひろ子とシャア・アズナブル

          きみに回帰線

          風邪を引いて小学校を休んだ日に聴いた、ピノキオピーさんの『すろぉもぉしょん』がめちゃくちゃ良かったことを、思い出しました。風邪を引いたときに聴きたくなる曲は幾つかあって、稲葉曇さんなら『クーラーガール』とか。熱が出てぼやぼやしている頭にメロディーを流し込むのは、なんとも言えない心地良さがあります。 今日は別に風邪で休んでたわけではないのですが、あんまり寝起きの体調がよくなかったり、色々複合的な要因でお休みをいただいてました。誰かが行先で自分を必要としてるわけでもないし、行き

          きみに回帰線