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フューという生物に乗る夢

LEGOのコマ撮りアニメ映画の制作現場であるその丘では、現地の遊牧民が、脚の細い、馬みたいな動物を乗りこなしていた。
湿った砂漠のような、ぽつぽつと草むらがある高原という印象だった。
映画はコマ撮りのため、コマとコマの間で動かすブロック以外は動かさないことが大切だ。だからその動物の異様に(ハイヒールのヒール部分のように!)細い脚は、現場の維持が必要とされる緻密な作業において役立っているという。
すごいなあと眺めていると、いつのまにかメディアリテラシーの授業が始まった。
どうやら自分は小学校か中学校かの生徒で、いつのまにか周りにいる沢山の同年代の人たちもそうみたいだった。
自分たちが立っている場所は斜面の高いところで、そこからしばらく先にある低地にある小屋まで駆け下りるという実践授業であった。
その時は一体どこがメディアリテラシーなのかはわからなかったが、実践授業だというのならば兎にも角にもやるしかない。
真面目な生徒だからだ。

早く丘を降りるためには、現地の人たちが乗っているあの脚の細い動物に乗るのが一番だと思い、ゆっくり歩いて斜面を降りながら、あの動物を探した。
脚の細い動物は遊牧民たちから“フュー”のような名前で呼ばれていたと思う。その鳴き声からそう呼ばれている。ちょうどアルパカみたいな長閑な鳴き声だ。
野生のフューも丘に沢山生息しており、基本的に群れで地中に潜っている。どうやってかはわからないが。
ふと見回すと歩きで麓の小屋を目指す生徒も一定数いるようだ。
しかし、周りを観察して情報を収集してこそ、この一見謎である授業の目当てであろうと踏んだ私は、フューをどうにかして捕まえてやると燃えていた。
捕まえれば高評価は確実だろう。

彼らが地面から出てくるときには「フュ〜」と聞こえるので、それを目印にして彼らを探した。
私は遊牧民の長らしき矍鑠とした老人のやっていた、腕を使った仕草を真似しつつ、運良く目の前に出てきた群れの中の一頭を捕まえた。

しかし私が捕まえたフューは他の人々が騎乗していたのよりもずっと脚が太く、馬というよりかはずんぐりした象のような印象であった。
通りがかった現地の人から「乗っている人の体重に合わせて徐々に脚が細くなっていくんだ」と教えてもらった。そうなんだ。

早速フューの背に跨ると、彼は最初ゆっくりぱかぱか歩いていたが、次第に速度を増していった。私の体重に合わせて細くなった脚は風のように丘を駆け下りていく。

この言葉を実際の文脈で使うときが来るとは思わなかったが、彼は私の脳に直接話しかけてきた。先ほどから”彼”を呼称に用いているのは、それが少年を思わせる声であったためだ。
それと同時期くらいから明らかにピコピコという電子音が彼の頭の中から(これは物理的に)聴こえており、それについてはただ、メディアだねえと思った。
そういう生き物もいるかもしれないだろ。

毛は結構ごわごわ。低い位置にある頭がかわいいな、と思いながら会話をして、時たま徒歩の生徒たちを横目で見た。しめしめ!フューの駆る姿はさぞ凛々しかろう!
もともと動物が好きなので、生物としての愛着がそれはもう湧いていた。かわいい…

彼と話す内容は、ピコピコこういったPCを買えば良いだとか、ウイルスにはこう対応しろピコピコだとか、そういう授業らしいことだった。途中取捨選択をするシーンがあったので、自分はフューの言う通りに捨てて、選んでを繰り返した。

最終地点が近い。ゴールは書店の中のようだった。フューが「これを選ぶといいよ」と言ったものを全て手に取り、要らないと判断されたものは棚に戻した。
最後にレジの人へ本を渡すと授業の実践部分は終了のようだった。
フューは「それじゃあ最後に後ろの棚にある、書店オリジナルの小冊子を取ってね」と言った。

しまった!!やられた!!

うすうす嫌な予感がしていたが、それが現実になった。
苦い顔で冊子を開くと案の定、文字は書いておらず、人工の皮の切れ端が沢山貼ってあった。この場所は本当のゴールではなく、ただダミーのためにあつらえられた施設だった。

しばらく呆気に取られたのち、とぼとぼ店から続く廊下を歩いていると奥のホールに生徒たちがすでに半数くらい集まっている。フューを利用して丘をくだった生徒たちだと予測がついた。
人ところに集められた生徒の前に立った教員が「都合のよい情報に騙されないために」という内容の講義をした。たしかに最後の方捨てたものの中には絶対に捨ててはいけないものがあったし、保持していたものの中には馬鹿馬鹿しい内容のものがあった。
自分は完全にフューのことを信頼していたため、そういうところがリテラシーの低さであると反省しかけたが、思い返せばあの時、その誠実さを確認する術はないに等しかったので「これは騙されて然るべきだろ」とむくれていた。子供である。
ちなみにフューは巧みに人間を騙す生き物らしく、彼らをモチーフにした有名な絵本も出版されているみたいだ。私はそれを見ながら「架空の生き物だと思っていたが、まさか実在していたなんて」と嘆息した。

でもフューがどういう格好をしていた生物なのかはもう微塵も思い出せなかった。絵本のフューを見ても、何かしっくりこなかった。
利巧な生物と教員人に騙された生徒たちは散々レクチャーを受けた後、解散する運びとなった。施設から出る時に、別の集団とすれ違った。それが徒歩組であることはすぐにわかった。教師陣は生徒たちが到着する時間差を利用して、授業内容を分けていたのだと気づき、完璧にしてやられた〜と悔しいような気持ちになった。

帰り際、廊下に無人の露店が出ていた。観光地?
名産の磁器や壺などが売っていたが、私はあの賢くて可愛いフューと出会った思い出が何か欲しいなと思った。
長い廊下の出口をぞろぞろ歩いていると、動物を模した大小の置物が沢山売っているスペースがあった。

フューだ!!!欲しい!

そこそこ大きいのはそれなりの値段がするなあとさまざまに物色していたら、笑っちゃうくらい小さいのもあったのでそれを買うことにした。どの置物もフューを模していることだけはわかるが、一つとして同じ形、同じ生物を象ったものはなかった。
でもすべてがフューであった。

自分は「帰り道に露店なんて商売がうまいな」と感心しながら、その笑っちゃうくらい小さいフューを持ってレジを探した。

起床