ごきげん

ごきげんなとき、自分が光っている感じがする。光っている感じがするし、他の光にも敏感になる。これが余裕というものなのかしら。これが一日まるっと寝込んだあとならではの余裕でなければいいのだが。

こういうときは場所を移して何か作業をするに限る。一緒に住む人間が好きな猫には悪いが、家だと息が詰まってしまうからだ。

突然だが、私の住んでいる家には遺品が半分くらいと私物が半分くらいある。この前のゴミ出しのときに、故人の櫛を捨てた。使っているところがありありと思い出せるので捨てづらかったのだが、こういうのは勢いが大事だ。
そういった事情もあってか、家には少し鬱屈した澱みがある気がして、長時間いると色々考えてしまい、心身に良くない。たまに空気の入れ替えをすることが必要なのだとやっとわかった。
少し前は、故人に関係する悲観を避けようとする考えを全部悪だと思っていたが(いまだにその考えに陥ってしまう時があるが)、今は違うのだと言える。

生きている人のために全ては存在することを忘れてはならない。それにはしっかりと自分も含まれる。あなたも含まれる。

ごきげんなときはこれくらい強気なことを言えるのでよかった。支度をして出かけようと思う。
魂が光っているうちに!