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アルツハイマー病の薬

アルツハイマー病の認知症、介護する方は大変だと聞く。この厄介な病気の初期段階に有効な薬「レカネマブ」(エーザイ)が米国で正式承認された。日本でもこの9月に承認の可否が判断される。期待をもって見守りたい。

母親は数年前に他界した。92歳だった。晩年は施設にお世話になり、わたしが顔を出しても、わからなかった。認知症であることは間違いないが、アルツハイマー病だとの診断はなかった。というより、症状が良くなる薬がない状況では手の施しようがない。だから、あえて診断の要求はしなかった。

変だなあと思ったのは、それより5年ほど前だった。田舎の家に一人住まい、ヘルパーさんに援助してもらっていた。本人が転居を希望しないのと、環境が変わると症状が悪化するかもしれないというアドバイスもあり、同居せず、ときどき顔を出すことにしていた。

「ただいま」
「?」
「どう、元気にしてる?」
「今日は神戸まで行ってきたんよ」
「?」
「おばさんも相変わらずやねえ」
「そう、それはよかった」

ひとりで神戸まで行けるはずもない。夢を見たのだろうか。

「お弁当買ってきたけど、食べる?」
「いらない」
「ご飯食べた?」
「?」

テーブルの上には食べたあとの食器がそのまま。食欲はあるようで安心した。

「?」
「どうしたの?」
「あんた、だれ?ときどき顔を見るけど」
「息子じゃないの」
「ちがう!息子は東京にいて、あんたみたいにトシヨリじゃない」
「えっ、まいったなあ、間違いないよ」
「息子は30過ぎだから」

ショックだった。
翌日、ケアマネージャーさんと話をして、施設にお世話になることにした。以来、施設の方には大変お世話になった。

母親は心、いや頭の中で、「昔」の世界に暮らしていたのだろうか。となりには自分の弟と妹が住んでいた。が、ふたりとも先に亡くなって、10年近くひとり暮らしだった。お友だちも、施設にはいったり、亡くなったりで、話し相手がなかった。だから、自分の心のなかで「生活」していたのかもしれない。昔の思い出の中に、寂しさを紛らわせていたのかもしれない。

アルツハイマー治療薬、わたしには間に合うだろうか。