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おじさん小学生の譫言

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記事一覧

型無しの天井にへばりつくこと【おじさん小学生の譫言vol.47】

うわ言を言うだけでは飽き足らなくなってきたな 楽器やイラストの基礎練習が(かなり)できな…

でち
1年前
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楽になるのはもっと後で構わない【おじさん小学生の譫言vol.46】

やりたいことができないのはなぜか? この前、人に「やりたいことを、『やらなきゃ』と思って…

でち
1年前
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わたしの政治的ふるまいを規定する【おじさん小学生の譫言vol.45】

「政治」とか「宗教」とか、反射的に避けたくなる言葉なのだけども 目の前を通過していく断片…

でち
1年前
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抽象的思考の外側としての身体に、短期的に働きかけるカフェイン【おじさん小学生の譫…

数ヶ月ぶりにコーヒーのんだ 時間が余っていても気力がない。ということで余った時間を労働に…

でち
1年前
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知性と知性ではないもの、愚かな私たちの見上げるもの【おじさん小学生の譫言vol.43】

知に外側はありや? 頭のいい人がなぜ自分の観測できる範囲で、どうしてこんなに頭がいい人な…

でち
1年前
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灰色の煙から「わたしがほしいもの」を取り出すこと【おじさん小学生の譫言vol.42】

よく分からないまま書きはじめても、何事かにはなるもんだな〜 原因と対応人間が自分の欲求を…

でち
1年前
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優しさと残酷さのエッジを自分で決める【おじさん小学生の譫言vol.41】

みたいなことを考えていたはずが、だんだん逸れていって なんか別の話になってしまった。こっちについて書く。 私が好きな人たちと、そうではない人たち元からかなり他人を選り好みする人間なので、一緒の時間を過ごせる相手というのが限られており、さらには力になりたい、リソースを割きたいと思える相手はそれ以上に少ない。 すると、ある人には優しくあり、ある人には冷たく当たる(どころか、説明なしに突如関わりを断つ)ということが往々にしてある。 境界が無いこと・境界が過剰であることその差

SNSは夜の17時以降のみとする【おじさん小学生の譫言vol.41】

ツイートしたいことが自然とは思いつかない時は、過去の連ツイをサルベージするのが良さそうだ…

でち
2年前
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連ツイをnoteにまとめようとしたらダメだった【おじさん小学生の譫言vol.40】

最近はnoteではなくTwitterの方で思い付いたことを連ツイしていたので、この機会に振り返ろう…

でち
2年前
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備忘:畏るべき神話世界からの賜物である肉体に拮抗する無駄と虚構、原始の力を解禁す…

なんかこわいタイトルだな〜。でも大丈夫!正気です(それはそれでこわい) Go Wild と儀式論…

でち
2年前
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譫言を読む-おじさん小学生の譫言ふりかえり【おじさん小学生の譫言vol.38】

道具として使った思考のメンテナンスをするぞ〜 って、37本もある…(ので数日に分けて振り…

でち
2年前
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鍵が空いたなら鍵開け道具は仕舞う【おじさん小学生の譫言vol.37】

当たり前のことに後ろめたさを感じる必要はない。 今日は短いよ毎日のように駄文を書き連ねた…

でち
2年前
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生活のメタファーを(雑に)刷新する【おじさん小学生の譫言vol.36】

自分の「鍵開け道具」をアップグレードすべく、解説なしでカードゲームの喩えを振り回していく…

でち
2年前
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許容できる・できないの差はどこから?【おじさん小学生の譫言vol.35】

昨日観た映画、つまらなかったんだけど「観てよかった」と思えたんだよな ひさびさに映画鑑賞した年間10本くらいしか観ない人間なので大したことは言えないが、最近やっと、つまらない映画を楽しめるようになってきた。 つまらないというか、自分に合わない映画というものがある。全ての映画がわたしのために作られたものでない以上、それは当然のことなのだけど かつては、それで2時間前後ロスすることに憤っていた。その憤りが、映画を観ること自体を避けていた原因の一つかもしれない。 ということ