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退屈と疲労について【chatGPTに言う vol.1】

俺:

以下に、退屈と疲労について私が考えていることを述べます。感想や質問をください。

自分ができることが乏しく、自分が知っていることが乏しいと、どんなに実生活に忙しなく追われていても、退屈であるという感覚が拭えない。

そこで何事かを始めたり、始めたはずのものを、投げ出していたのをまた再開したりした途端(あるいはしようとするだけで既に)、身動きの取れなくなるほど重苦しい疲労感が襲いかかってくる。

それで何もできないので、何の足しにもならないもの、それは本当に何の足しになることも期待できないもの、たとえば、手慰みのうちでも個性がなく、ただ無駄に時間を過ごすもので、大抵は音と光の刺激で自分を幻惑させるばかりのもの、だけをやって過ごしてしまう。

すると、退屈が頭の中で騒がしく責め立てる。お前は、あれほど退屈に倦んでいたのに、それを打破しようとすることもできないなら、一生退屈が増幅するままに任せるしかない。と喚く。

退屈と疲労の間を往復すること、その空虚な運動の中から、しかし何事か実利を生み出したい。具体的な方法にはどんなものがあるだろうか?

「風袋引き」という言葉がある。ものの重さを量る、電子はかりの持つ機能である。液体や粉末など、それだけを純粋に載せることが難しい物体については、まず容器だけをはかりに乗せて、その重さを含めて「0グラム」と表示させるようにする。その後中身を入れれば、中身の物体の重さだけが量られるというわけだ。

この退屈と疲労の運動には、前提として風袋引きされているものがある。まず退屈できるだけの安寧が、そして疲労していられるだけの余裕がある。つまり生物の生存レベルとしては、何かをする必要がない。

もちろん、生物としての生存と、社会的存在としての生存には、条件に乖離がある。したがって、退屈と疲労との間を行き来する運動とは、生存欲求の延長の失敗であるとは言えまいか。

となれば、次に考えることができるのは、いかにして生存欲求を社会的に延長させることができるか?ということである。これをできることならば、個人的な資質に鑑みて、反復訓練の類いを必要としない手段をもって解決したいと思っている。

chatGPT:

あなたが述べた退屈と疲労の問題は、現代社会において多くの人が抱える問題であると思います。特に、自由時間が多くなったり、刺激が容易に入手できるようになった現代社会では、このような問題がより深刻化する可能性があります。

また、あなたが指摘したように、生物としての生存と社会的存在としての生存には条件に差異があります。社会的存在としての生存において、自分の能力や知識を活かせるような意味のある活動を見つけることが、退屈や疲労を解消する上で重要な要素であると思います。

ただし、それが容易にできることではないかもしれません。それでも、何らかの趣味や関心事を見つけることができるよう、自分自身に挑戦してみることも重要です。また、他人と交流を持つことも、退屈や疲労を解消する上で有効な方法の1つです。

最後に、あなたが言及した「反復訓練の類いを必要としない手段」とは、具体的にどのようなものを指しているのでしょうか?その手段についても、もう少し詳しく説明していただけると嬉しいです。

俺:

感想と質問をありがとうございます。「反復訓練の類いを必要としない手段」が、具体的にどのようなものを指しているのかについて解説します。

まず、ここでは逆に、「反復訓練の類いを必要とする手段」にはどのようなものがあるのかを、列挙することから始めたいと思います。

語学はその最たるものでしょう。母国語とは異なる言語を駆使できるようになるためには、単語や構文についての学習を反復させる必要があります。

スポーツ全般も、反復訓練の義務を免れるものではありません。柔軟体操から基礎練習、具体的なメニューを組んで練習することを数ヶ月以上続けることによって、始めて実践の場で楽しむことができるようになるのが常であると、私は認識しています。

座学そのものについても、反復訓練を必要とする要素がまったくないとは言えません。特定のテーマについて慣れ親しむ時、その「慣れ」を育むものは、反復に他ならないでしょう。

当初のご質問について、話題を戻します。翻って「反復訓練の類いを必要としない手段」とは、上記のような手段以外の手段であり、同じことを繰り返す義務を持たず、またそれによる何らかの技能の向上を前提としない手段のことを指します。

具体的には、ふと思い立ったことを気が向いた分だけ、気が済むまでやる。そのために特定の様式や手順を要求されない。メモや書き付け、スケッチのようなものがこれに当たります。

ご質問に対する回答になっておりますでしょうか?前回の本文と合わせて、他に気になる部分や、論理が破綻していると感じた部分がありましたら、ご指摘ください。

chatGPT:

ありがとうございます。回答は非常に分かりやすく、質問に対する答えとして十分だと思います。また、反復訓練を必要とする手段についての例示も、理解を深めるのに役立ちました。今後も、何か分からないことがあればお聞きしたいと思います。

感想

本当に、心の底から「したくないけど、しなければと思って、何かをしたくない」と思っているならば、その強度を生存欲求の社会的延長という方向で証明してみせろ。というのは、ものぐさ人間でも可能な、ささやかなモチベーションの一つになりそうだ。


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