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ああ、無情

小学生の頃、子守唄代わりだった絵本の読み聞かせ。その思い出をもう一度。開いた絵本は『ブレーメンの音楽隊』。

ゆっくりとページをめくる。次々とページをめくっていく。記憶違いだろうか。話の内容もそうだが、絵の鮮やかさに惹かれた。輪郭から大きくはみ出した色。青と黒で表現した真っ暗な夜。キラキラした黄色の明かり。ギザギザした黒い影。知らない絵本だった。

ページをめくるごとに、鮮やかな世界が飛び出してくる。知らない世界が飛び出してくる。なんだか、あらためて絵本の魅力に触れたような気がした。同時に、子どもの頃の自分はこの絵本を読んで何を感じたのだろうか、そんなことが気になりだした。

***

君はこの絵本を読んで何を思っただろうか。私と同じことを思っただろうか。たぶん異なることを思ったに違いない。たとえ同じでも、その意味はまったく違う。私は君よりも世界を知っている。目を背けたくなるような事実を知った。出会いたくない理不尽も見てきた。そして、何も変わらないことを知った。そんな私が君と同じことを思うはずがない。

君はどう思う。
なぜ黙る。
黙っていないで答えてくれ。
頼むから。

ああ、無情。

***

絵本のまわりにあった感情は残っている。2段ベッドの下で寝る妹は、寝るまえに母から絵本の読み聞かせをしてもらっていた。その読み聞かせを寝たふりをして、2段ベッドの上から聞く。聞きなれた母の声は、子守歌を聞いているような、夢を見ているような、そんな感覚。それははっきりと覚えている。だけど、その本を読んで感じたことはまったく覚えていない。どうしたって思い出せない。すべて「懐かしい」にまとめられてしまった。

子どもの頃に感じたものは失われる。大人になって感じたものは変わり続ける(もしくは廃れる)。そんなことを考えて何になる。ほかに考えることなんていくらでもあるだろ。だけど考えてしまう。追い求めてしまう。答えなんてないのに。生きづらくなるのは間違いない。もう戻れないだろう。だけど抗い続けることに決めた。決めてしまった。だから、少しでいい。少しでいいから見せてほしい。君の想いを。


2020/11/10

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