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しりとりカップル


ここはカフェ・ド・ランデヴー
午後3時だが平日ということもあり昼間の混雑は早くも落ち着き、テーブル席2つとカウンターしかない店内1階には、常連のおじさん客以外は、若い女性店員・シルコとベテランマスタァしかいなかった。
シルコはステンドグラスが嵌め込まれた壁をバックに慣れた手つきで食器を拭きながら、今ならまかないを食べられそうだと考えた。
コーヒーと小倉トーストにしようかしら。キッチンにいるマスタァにあんこの残量を訊かなくちゃ。
彼女は名前負けしないことを矜持としている無類のあんこ好きだ。

ドアベルの音と一緒に、「えー!どうしようかなー?」とうわついた女性の声が飛んできて、シルコはそちらに目をやる。

女「どうしようかなー、えーとねー」

大学生くらいの若いカップル。シルコはカウンターから、いらっしゃいませ空いているお席にどうぞと声を掛けたが、耳に入っていないのか返事もせず、しかしちゃっかりテーブル席に着きながら、女は小声でブツブツ呟きつつ悩み続けている。男は一応、ヒップホッパーの控え目なアイソレーションのような申し訳程度の会釈をこちらに寄越した(なのに見た目は純朴な体育会系)。

態度が悪いのでは?そして今来店したところだしメニューならじっくり考えれば良いのでは?と思ったが、彼女はメニューを手に取らず、キョロキョロと辺りを見回す。

男「やめる?」

女「待って待って……あ、レモンスカッシュ!」

彼女は大きな声で言い、おじさん客の視線をも彼らの方に集めてしまった。

ん?今のは注文?と困惑したのも束の間、

男「シュークリーム!」

女「うっそ早い」

シュークリームはメニューにない。ていうか早いってなんだ?早く言えばなんでも出てくる夢のような喫茶店じゃないぞ?

女「医務室」

男「失恋」

女「れんこんチップス」

男「んー…ふすまパン」

シルコは思った。あぁ、なんだしりとり

…じゃない?!

しりとりなら男の「失恋」でアウトだ。「ん」がつく。

女「絆創膏」

男「工事」

あっ、もしかして…とシルコは脳内のノートを開き、ペンを走らせる。

ふすまぱん、ばんそうこう、こうじ…

女「右心房」

右心房?!?!

意外な言葉選びに思わず顔を上げると、向こう側に座るおじさん客と目が合ってしまい、やや照れた。右心房というワードで人と目が合うなんて…

男「帽子」

女「丑の刻参り」

男「いりこ」

女「離婚調停」

男「定期入れ」

女「イレギュラー」

男「ラーメン」

あっ、また「ん」がついた。

…でも関係ないのだ。

2文字だ。

きっと彼らは末尾の2文字でしりとりをしているのだ!!!!

シルコだけでなく、盗み聞きのおじさん客もこのルールに気づいた。
カフェ・ド・ランデヴー1階は、レスバを見守るTwitterのリプ欄のように、静かに白熱していく。

ーーその瞬間。

女「めんこ!」

勝負がついた。

すぐさま女は「アッ」と小さく呟き、負けを察した。男の顔はシルコからは見えない。シルコはフゥッと溜息をつき、自身が無意識に息を止めていたことに気付く。他人のしりとりに何故こんなにも夢中になってしまったのか、自分でもわからない。

緊張の糸が切れた店内で、シルコは慌てて彼らのテーブルに向かった。
思えば彼らは、来店してから一切注文もせず「2文字しりとり」に興じていた。
いくらうちが古い喫茶店でもナメてもらっちゃ困るぞと毅然とした態度を繕い、言った。

「ご注文は?」

男「……


……ンゴロンゴロ自然保護区」

店内に再び緊張が走る。
おじさん客の眉が、ぴくと動いた。

普段は接客サービスに定評のあるシルコだが、シンプルに「は?」と言った。

そこで女は顔を輝かせ、男にねっとりと熱っぽい視線を送った後、シルコに言った。

女「黒糖オレ」

「こ、黒糖オレがひとつ」

男「オレンジジュース」

「…以上でよろしいでしょうか?」

女「……ウス」

「はい」ではなく「ウス」って言った…!!!!

なぜそんなに頑なにしりとりを守るんだ。

一体その先に何があるんだ……!!!!

困惑が感動に変わったシルコは胸がいっぱいで、カウンターに戻りながら、何故か涙が出そうだった。何故だ。

でもそれは彼らも同じだったようで、

女「あっくんステキ…!まさか『ンゴ』で始まるタンザニアの地名を持ち出してしりとりを終わらせないでいてくれるなんて…♡♡さすが柔道部主将。力技だわ」

男「りっちゃんこそ、しりとりを守るために店員さんへの返事を体育会系にするなんて…♡♡文芸部なのに…」

女「恥ずかしい…♡」

男「なんて可愛いんだ…!」

あっくん…♡りっちゃん…♡
りっちゃん…♡あっくん…♡
ウフフ、ウフフ、ウフフフフ…♡

店内は静かだった。ばかばかしい、とはこのことか?

シルコは、黒糖オレに少量入れるために、わざわざ新しくコーヒー豆を挽いた。
果たしてこいつらにコーヒーの味がわかるのか?という苛立ちも、新鮮なコーヒーの香りが浄化してくれた。

アルコールランプに火を付けると、HARIOのサイフォンの、フラスコの下に灯る小さな炎の向こうに、伝票を持ったおじさん客が見えた。

条件反射で、ありがとうございます!と声を掛けてレジに向かいながら、悔しいかな自分も誰かと2文字しりとりをしてみたい気持ちが生じて、それはコーヒーの後味みたいにしつこく残った。


おしまい

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