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第102回天皇杯全日本サッカー選手権大会2回戦横浜FC-ソニー仙台FC「優先順位」

時計の針を少し戻そう。6月6日。日本代表とブラジル代表の試合があったが触手が伸びなかった。親善試合であり、これは興行だからだ。今年はワールドカップが行われる。どちらの国にとっても選手の選考の意図もあり、無理なプレーをしてここで怪我をする必要もない。日本のメディアは煽っているけど、観戦者の肌感でいえば「ブラジル代表が見たい」位のもので、真剣勝負は二の次。今年に限って言えば、コロナ禍で遠のいた観戦習慣を取り戻したいサッカー協会の意図も垣間見える。
サッカーに関していえば、Jリーグ発足以降日本のみならず海外のサッカーも視聴する人間は増え、それどころか現地で観戦する人も増えた。と、同時にサッカーの中でも優先順位に変化が生まれた。優先順位は人それぞれで、現地のワールドカップが最上位に来る人もいれば、自分の応援するクラブの例えばACL優勝が最上位に来るサポーターもいるかもしれない。Jリーグ発足以降裾野は拡大し、サポーターと自認できるクラブの他に、2推し3推しのクラブも存在する。そうなると日本代表の試合の中で、親善試合なるものの優先順位は確実に下がり、対戦相手の選手を見るだけのイベントになってしまっていないだろうか。
日本代表選手がスタンドにブラジル代表のシャツを着たサポーターを見て憂いたなんて記事もあったが、それはこの試合が親善試合だからだ。良いか悪いか日本のスポーツは昔から一種のイベントでしかなく、それをどう楽しませるかに力点が置かれていた。テレビの実況、解説もサッカーに詳しい人から見ると不思議な話をしているのは演出が入っているからだ。全国放送で、専門的な話をしても理解してもらえない。詳しくない人向けに力点を傾けるとわかりやすい解説と実況が求められ、今のスタイルになっていると感じる。解説は元日本代表クラスの方で、Jリーグで監督経験のある方を起用しても酒場の親父スタイルを求められるのは傍目から見ててかわいそうになる。サッカーファンから見たら、親善試合で後半15分だから60分限定の出場かな?というシーンでも、「あのヴィニシウスを先に交代させた!」と言えば、詳しくない人は「そうなんだ!すごい!」となる。ニッチな詳しいファンより、詳しくない層に寄り添って放送したらそれは仕方ないことだと思う。
さらに最近では、SNSも普及したので試合そのものが自分が楽しむ為のコンテンツになった。動画を撮ってSNSに上げる。そうなると、試合の行方よりも、プレーで楽しめるか、自分が面白いと思えるものがあるかどうか。親善試合は逆にイベントとして追求していくしかないのかもしれない。有名Youtuberが現場でライブ配信しながら、客席ではtiktokを撮影する若者が溢れるのだろう。親善試合の位置づけを思い切ってイベントに舵を切ったら、こうした人の抱える優先順位に変化はあるのだろうか。

メンバー発表

天皇杯2回戦。相手はソニー仙台FC。メンバー発表を見て思い切ったなぁが第一感。最近リーグ戦にあまり出場していない選手を登場させたばかりか、控えの選手の大半は2種登録の選手。天皇杯もリーグ戦と比べると正直優先順位は下がるのが実情。J2リーグの場合、昇降格があり長いリーグ戦で昇格を目指し、降格は避けたいことを考えると一発勝負のトーナメント戦に負荷は掛けられない。今年の場合はワールドカップもありJ2はただでさえ過密日程、天皇杯も過密日程でこれを勝っても2週間後に再び試合。極力主力メンバーは休ませたい。この試合勝つと週末の仙台戦から中3日で広島戦があり、さらに中3日で新潟戦。勝ち点で並ぶ2チームとの直接対決が控えており、かなり厳しい日程になることを考えると仕方ない部分もある。
最近は言われなくなったが、天皇杯軽視みたいな言葉は嫌いだ。日本代表の親善試合の様に、力を掛けるには優先順位がある。今はリーグ戦の方が天皇杯より優先される状況にある。シーズン終盤で昇格も降格もなく、トーナメント戦でJ1チームを倒してジャイアントキリングだ!となるシチュエーションではないのだ。
何かあったらとベンチにスタメンクラスを何人か入れておくことはよくあるが、控えも2種登録の選手で固める徹底ぶりに驚きがあった。

不安

横浜の選手は試合に出ていないメンバーが多いこともあり、呼吸が合わない。ボールを出してもズレる。出したところに走りこんでいない。守備でもカバーが曖昧だったりするが、そのあたりはJリーグとの差なのか相手の拙攻にも助けられて無失点で切り抜ける。
前半28分には高木のクロスを受けたヴィゼウの左足のシュートがゴールをとらえて横浜が先制。前半42分には、コーナーキックをヴィゼウがフリックしたところに飛び込んだ西山が触って2点目。

昨年八戸に負けたようなお寒い試合はなくて2点リードで安心安心と思っているとそこに落とし穴。クロスボールへの対応が遅れてシュートを許して失点すると、その7分後にはソニー仙台の放ったミドルシュートがポストを叩いてゴールに吸い込まれてさらに失点。これで2-2の同点となる。

横浜は後半27分に和田を入れてゲームの安定を図りつつ田部井を前に出す。サイドに高塩を入れてそのポジションだった山谷をセカンドトップに。ヴィゼウが1トップにシステム変更。これでも内容はよくならないまま後半も時間が過ぎていく。

1失点してから流れを取り戻すことが出来ないままだった。前半の2ゴールも振り返ってみると、流れから崩したものではなく、個人の能力でとったもの。逆に守備は後半になって、相手のカットインを簡単に許す様になった。マークの受け渡しなのか、点差からくる緩みなのか、後半横浜はとにかく低調だった。

田部井が前に出るのはエリートリーグで得点を上げたりとそのポジションでも機能していたからであるが、ボールを前線で失ってカウンターでズルズルといったシーンも増えていた。奔走がピッタリ当てはまる試合になった。

ジャイアントキリングなるか

後半44分に2種の永田を入れてセカンドトップに、高木に代えて武田として延長突入も睨む。その延長3分、ソニー仙台のフリーキックから失点で2-3。残り30分を切った中で逆転を遂に許して苦しくなる横浜。

さらに苦しいのは、交代で入った2種の選手たちが中々使ってもらえないこと。ゲームに入れなかったと言えばそれまでだが、大人の選手は負けたくないので、どうしても安全策で17歳18歳の選手にパスを出しにくい。ソニー仙台の選手たちは皆大卒でその時点で4歳以上の差がある。JFLの強豪と18歳のユースの選手の力を天秤にかけると仕方ない部分はある。

それでも、最終的にはGK西方を除くフィールドプレーヤー全員を起用して勝負する四方田監督の采配には痺れるものがある。延長後半になってソニー仙台の足が止まると、2種の選手たちにもボールが回りはじめる。高塩は引き出しやスキルの面で課題はあったが、それでも前を向いて仕掛ける姿勢はまたボールを回してもよいと思わせるものがあった。

永田は、延長後半、クロスボールにヘディングで合わせるも僅かに枠の上を越えていった。育成世代ならまた挑戦しようで済むことも、プロになるとそのシュートが外れた外れないで契約の運命を決めるシビアな世界。そういったところで戦っている緊張感が味わえるのも天皇杯ならではかもしれない。

そして延長後半10分。ヴィゼウが突破してパスしたボールを武田がクロスを上げると、前線に上がっていた西山がまたしてもゴールを陥れて同点に。結局延長でも決着がつかずPKに。

PK戦は緊張している周りをよそに、ソニー仙台が3本外して3-1で横浜が3回戦進出となった。それまでの120分とはまるで正反対のあっけない結末だった。大きな歓声より、安堵のため息の方が大きかったのは忘れてはいけないのだが。

これがエンタメだ

このゲームは2回戦の最後の試合。2回戦はそれまで全てカテゴリー上位のクラブが勝利していて、同日開催の札幌も後半アディショナルタイムにおいつき延長戦で振り切った。その1時間後にキックオフのこのゲームは全国から注目が注がれたはず。前半2点リードでやっぱりかと思わせておいて、逆転を許し、試合終了5分前に追いついてPK戦で振り切る劇的な展開。

この試合の観客は1452人。平日水曜日の夜のゲームとすれば仕方ないのかもしれないが、スタジアム付近で試合が行われていそうな気配もない、横浜が主催するリーグ戦の盛り上げとは全く違ったいわばフィジカルな運営。パンフレットはキックオフまでの販売だったり、競技場内のフードは1社のみだったり、盛り上げ要素は通常の横浜のリーグ戦に比べようもない。天皇杯に何年も足を運んでいるが、ずっとこのままの運営。運営が県や市のサッカー協会であることは知っているが、JFAはもう少し天皇杯に力を入れないものか。つまり、横浜の運営による盛り上げは観客の観戦体験を向上させているのだ。それを改めて時間する試合の運営だった。

親善試合で日本とブラジルが対戦する試合の裏側で、日本一を決める真剣勝負のトーナメントが行われている。観客数は63638と1452。もう少し天皇杯に力を入れてもいいんじゃないかな。協会の中で天皇杯の優先順位が低いなら仕方ない。そう考えると、横浜は主力をほぼ温存することが出来た上に2種の選手たちの経験も積ませることが出来た。優先順位の低いゲームを優先順位の低いメンバーで勝ち抜けた。

次戦は広島。仙台、新潟と続く首位攻防戦の途中に行われるゲーム。J1相手でも優先順位は変わらない。J1昇格が優先順位1番である。

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