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彼女のドタバタ女将日記③人生初めての土下座

意地と見栄で女将になる決意をした彼女。開業資金、手持ちのお金0円。お金って銀行から簡単に借りるのってホントに大変!って思っていたら、なんとか店の土地を担保に、地元の地方銀行から開業資金を融資してもらえた彼女。開業までにやるべきことは、まだまだたくさん。経験しなければならない試練もたくさんあった。彼女は、女将になるため、人生初めての土下座を経験した。

建築業者との打ち合わせが始まった

幸いにも、学生時代の友人の友人に、アパート建設業者の技術さんをしているという人がいうので、早速紹介してもらった。店舗建設の話はトントン拍子に進んだ。予算内での見積もりも、女将にとってはありがたかった。建設初日の日程も決まった。このまま、店舗兼アパート建設は、予定通りに進んでいく・・・そう思っていた矢先、事件は起こった!!。

店が建つはずの土地が・・・

店舗が建つ予定の土地には、2,3台の車が契約していたが、不動産管理の会社には、駐車場の借主さんとは契約更新はせず、その後は新規で契約もなしでこのまま更地にしておいてほしい旨を伝えておいた。

彼女は仕事帰り、時々、その土地を見に行った。契約はすでに解約されているようで、約束通り更地となっていた。

あー、来月からここで、建設の工事が始まるんだなぁ・・・

ちょっとだけ、おセンチになりがらも、ちょっとだけわくわくしている自分がいた。

それから、数日後。いつものように仕事帰りにその土地に立ち寄った。更地になっているはずのその土地。
ところが。目の前の更地になっているはずの土地を見た彼女は、呆然とした。

なぜ? なんでこんなことが!

大きな、大型トラック2台が目の前にあった。

この間見に来た時には、確かに更地だった。が、目の前のその場所に、今、大型トラックが2台、でーんと停められているのだ。

ん?どういうこと? 誰の? なんで?

状況を読み込めない彼女。慌てて不動産会社に問い合わせた。すると、たまげた答えが返ってきたのだ。

あー、お宅のご主人のお母さんから電話があって、
「あそこはやっぱり新規の車両の契約をとってほしい。」って。そう言われたから、大型トラック2台を即契約しましたけど。何か問題ありましたか?。

と。

は? 何言っての? 意味がよくわからないのですが・・・2週間後から工事が始まるんです。もう建設業者も手配済みですし、業者もその日からスケジュールを組んですべて手配をしているはずです。ですから、新規で車両契約をするのは、考えられません。

彼女は、震えながらそう答えた。しかし、不動産業者は、そちらのお義母さんがいいって言ったから、新規で契約した!!の一点張りだ。

そこで、彼女はお義母さんの部屋へ向かった。そして、

どういうことですか?今日、あの土地見たら、新規で大型トラックが契約されて停まってるんですけど・・・。

そういう彼女に、義母はにっこり笑って言った。

あ、あそこの土地ね。あそこ、借りたいっていう運送業の人がいるっていうから、貸したよ!トラック2台っていうから、いい話じゃん!

と。

いや、2週間後から工事が入るでしょ!!。お義母さんとあの人(つまり、オット)でハンコ、ついてたでしょ!!

と、彼女。

ハンコだか何だか知らないけど、とにかくあそこはトラック2台持ってる人に貸したから。

と義母。

もうだめだ、話にならん! 再度自室にもどり、オットに問いただすと

俺は知らない!!

という。そして、困った困ったと、部屋中を歩き回り、泣きべそをかいている始末だ。

泣くな、ぼけ!泣いてる暇なんてないだろ!!

彼女は、そう声に出しそうになって、やめた。言ったところでどうにもならないことを知っていたからだ。

とにかく何とかしなければ。とにかく何とか今の状況を打破するために戦わねば! 戦う?誰と?相手は?不動産屋?いや、地主であるお義母さん? 違うか・・隣でめそめそしてるオット? それとも、2台のトラックの持ち主さん?

何が何だか分からなくなったが、とにかく、ここを更地にしてもらわねば・・・2週間後の工事施行日までには。んー。結局戦う相手は、もしかしたら自分かもしれない。この状況に負けそうな自分と、負けちゃいけない自分が戦わなければいけない!!彼女は腹をきめた!

毎晩毎夜、めげずにかけ続けた電話

当時は、メールもLINEも、ましてや携帯電話なんてものもなかった時代。仕事を終えた後も仕事中も休み時間も、少しの時間をみつけては、公衆電話でいろいろな不動産やに電話をした。なぜならば、近隣で大型トラック2台の契約をしてくれる管理業者を見つけなければならないからだ。

そして忘れてはいけないこと。それは、当の本人であるトラックの持ち主さんに状況を説明すること。毎晩毎夜、仕事を終えた夜、トラックの持ち主さんに電話をいれた。個人で運送業を営んでいるとのことだった。

ここは2週間後には、アパート兼店舗の建築工事が始まることになっていること、完成した店舗で自分たちが自営の飲食店を経営すること、そして、あとがないこと・・・すべて包み隠さず伝えた。相手の方は、それはそれは憤慨して、

不動産屋も土地の持ち主であるお宅のお義母さんも、契約するとき、そんな話は一切しなかった。契約して1週間で出て行けとは、詐欺としか思えない。訴える!

と、激高していた。彼女は当たり前のことだと、詫びるしかなかった。私のところに話が入ってきていたら、対処できたのに・・・いや、わざとしなかったに違いない・・・いろいろ考えると悲しさよりも怒りのほうが湧いてきた。が、激高している電話の相手にむかって、こちらも怒りで返すわけにもいかなかった。

とにかく、毎日毎晩、近くに同じような賃料で同じような駐車場を探してみますので・・・状況報告をさせていただきたいので、毎晩お電話入れてもよろしいでしょうか?

そう言って、公衆電話を受話器をおいた。ふぅっと大きく息を吐いた。

電話なんてしてこなくていい!!

そう言われたが、

とにかく電話を入れますので。お電話にでてください。

そう言って、電話を切ったのだ。

こうして彼女は、毎晩、大型トラック2台の駐車場を見つけるため、不動産会社に電話をし、状況を報告するためにそのトラックの持ち主さんに電話を入れ続けた。

見つかった!とうとう、見つかった!

それから一週間、平日は仕事終わりに懐中電灯をもって、自転車で近隣の4,5区を回り、大型トラックが止めてある土地をみつけては、看板に書かれている管理業者に片っ端から電話を入れた。土日は、朝から自分の車で手あたり次第の不動産屋を回った。その当時は、ネット検索なんてものはない。だから、足で探すしかなかった。

見つけられなかったと報告の電話も入れた。そうだろう!そう簡単に大型トラックを駐車できるところなんて、見つかるわけないだろう!!

そう言われたが、毎晩毎晩、懐中電灯を片手に自転車で探しまくった。探して探して探して・・・そして・・・

ある夜のこと。大型トラックが数台停められた広い土地を見つけた。懐中電灯を片手にそっと中に入っていくと、2,3台分の駐車スペースが空いている。すぐに白看板に記載された電話番号をメモり、近くの公衆電話からかけてみた。恥ずかしい話だが、すべてをつつみ隠さず話し、大型トラックを2台停められる駐車場を探していることを告げた。すると、今ならあるという。賃料はうちより1000円ちょっと高かったが、とりあえず、仮押さえをしてもらった。

すぐに、トラックの持ち主である運送業の社長に電話を入れた。みつかったことと、次の土曜日の昼前にそちらに行ってお顔を見て、直接お話をさせていただきたい旨を伝えた。

初めての顔合わせと約束

ここ10日間ほど、毎晩のように電話で話していた相手とは言え、顔を見て話をするのは、この日が初めて。緊張と不安を胸に抱き、腕にお気に入りの菓子折りを抱えて、その方のご自宅へ向かった。指定された住所には、かなりの築数がいっていると思われるアパートが、ぽつんと一棟建っていた。

1階の一番はしっこの部屋。木のドアをトントンと二回ほどたたいた。

お電話でお話をさせていただいていた、奈海です。直接会ってお話をさせていただきたく、本日のお約束をさせていただきました。

そう言うと、中から木戸が開いた。見るからにトラックの運転手をしているという風貌の男性がでてきた。パンチパーマに柄物の開襟シャツ。煙草をくわえている。中に通された。ちゃぶ台の前には、奥様らしいかたが座っていた。彼女が入ってくるとお茶を入れてくれた。そしてその奥様らしい方も煙草に火をつけた。

あんた、いくつ?

はい、27です。昼間は外資系の企業でOLをしています。ですから、なかなかこちらにお伺いできず、今日になってしまいました。申し訳ございません。

彼女は頭をさげた。

まさか、こんな若いお嬢さんが来るとは、思ってもみなかったよ。で、トラック停められる場所、見つかったって?

はい、実はここから車で5分ぐらい行ったところの・・・

と、その駐車場の住所を伝えた。毎日毎晩、状況報告をしていたせいか、割と短い説明で趣旨を理解してくれた。

あんたの顔をみるまで、頭を縦に振ることは絶対にしない!と決めてたんだ。あんたの旦那の親?とにかく大家を訴えようと思ってたからね。
あんたの旦那の実家のやったことは、詐欺でしょう!不動産屋さんも巻き込んだ悪質な詐欺だ! 翌月に建物が建つ予定の土地に賃料を発生させて契約書をつくってくるなんて、悪質な詐欺としかいいようがない!!そう思わないか?

と、言った。彼女は頭を下げ、すいま・・・と言ったところで、その人は重ねて話を続けた。

と、いうつもりだったんだ。だけど、あんたの顔みたら言えなくなったよ。まさか、こんなお嬢ちゃんが頭下げに来るとは思ってはみなかったからね。

たしかに、花柄のワンピースに茶色のリボンのついたMIHAMAのパンプス、彼女のトレードマークだったポニーテール。そんな姿の小娘が現れたのだから、びっくりしたのだろう。

あんた、仕事終わりに毎晩、探しにに行ってたのか?

はい。

土日も朝から探しにに行ってたのか?

はい。

だんなの仕事はなにしてんだ?

なにもしてません。

あんたの旦那の親は、何か仕事してるのか?

してません。大家業だけです。

なら、あんただけか?働きに出てんのは。一人で働いて一人で探してたのか?

はい。ほかに協力してもらえる人は、私の周りにはだれもいませんので。

そっか、あんたひとりでやったのか・・・

少しの沈黙の後、

彼女は、意を決して土下座した。

訴えたい気持ちは、重々わかります。もし自分だったら訴えると思います。でも、こうやって頭をさげて折れてくださいとお願いするしか、私にはできません。来週工事は始まります。やっとこれで、仕事をもつオットを持てます。だから、わがままだとか、非常識だとか、悪質詐欺だとか、ののしっていただいて構いません、本当のことですから。それでも折れていただきたいと思います。ご紹介できる駐車場に移っていただけないでしょうか。

彼女は、頭を下げたままお願いした。泣いてはいなかった。泣いたら失礼だと思った。

そしたら、一つだけ条件がある。1000円ちょっと賃料が高いよね?その分は、ずーっと俺が運送業をやっている間、補充してくれるかい?

彼女は固まった。そこは全く考えていなかったからだ。本来はそうすべきなんだろう。でも、どのくらいの期間?10年?20年?・・・いや、命がある限りずっと?

固まっていた彼女をみて、ぷっとふきだした運送業者の社長は、

うそだよ。あんまりにもあんたが、一生懸命なお嬢さんだから、ちょっとだけ最後に意地悪したかっただけだ。わかった。移動するよ。その代わり本当に約束がある。

はい、なんでしょう?

あんた、あんたがやる店、いや、旦那がやる店といったほうがいいのか・・・とにかく、あんたが女将をやる店、絶対つぶすんじゃないよ。事業っていうのは、いろんなことがある。俺もあった。でも、つぶすな!こうやって色々大変な思いや悔しい思いをしながら始める事業なんだから、簡単につぶすなよ。わかったな!

そう言って、おい!と奥様らしい女性に目で合図をした。熱いお茶をいれなおしてくれた。

あー、おいしい! 

ほっとしたのか、彼女もお茶を一気に飲み干した。奥様らしいその女性は、何も言わなかった。ただ、おいしいお茶をもう一杯入れてくれた。

彼女は、最後にもう一度、土下座をして、心から謝罪の言葉を告げた。

人生初めての土下座のあとに

帰り際、玄関で見送ってくれた社長と奥様らしき女性の顔は、今はもう、はっきりと覚えていない・・・でも、今でも、その時の二人のにこやかな笑顔が、ぼんやりとだが脳裏に残っている気がする。

これが、彼女の人生初の土下座だ。

いまでも、時々あの日のことを思い出す。怖かったけど、かっこいいおじさんだったなぁ・・と、今でも時々思い出す。開業するって、いろんなことを体験するんだなぁ・・・と、そう思ったあの日をいまでも、忘れることができないでいる。そして、あの日の約束を27年たった今でも守っていることを、伝えたくなってきた。探してみようかな、あの人を。。。

続く




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