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幸せである今を未来に残すために今日も筆を取る

「ねえ、ねえ、母さん。今から桃鉄やるから見とって!」
ビデオ電話越しに子どもが言った。
この日の夕食後の家族団欒は、桃鉄5年決戦らしい。
お父さんと子ども2人。せっかく手に入れた不動産をキングボンビーに売られまくってギャーギャー言っているゲーム画面が私のスマホに映し出されていた。


2023年春、家族でインドネシアに赴任しました。
諸事情あって、私一人で日本に一時帰国中です。

人は忘れる生き物だから。特に幸せだったことを。

先日、友人と話しているときに「なんで私たちはSNSに家族の成長を残すのか。」という話になった。

子どもの卒業、入学、誕生日。
家族のお出かけ、記念日、季節の節句。
それだけでなく、日々の悩みから何気ない成長まで。
私のSNSには本当にたくさんの家族の様子があふれている。

かくいう私はというと、実は家族の投稿にちょっと抵抗があった。
なんだか親バカ自慢してるって思われない?!
クローズドな設定にしているとはいえ、セキュリティ的に大丈夫なの?
こんな不安がよぎる。

その時友人が言ったのは、「人は忘れる生き物だから。脳科学的には、いいことは特に忘れやすいんだって。だから子どもたちの良いところは自分のために残してる面もある。」

私は脳科学を学んだことはないので、間違いがあったらごめんなさいなのだけど、人間の脳というのは、生存していくために、自分にとって危ないことや嫌だったことは忘れずに覚えておくという危機管理能力が備わっているらしい。
一方で、幸せだったり嬉しかったりすることは、どんどん忘れていくんですって。

そういえば、97歳になる祖母が入院中に、過去と今を記憶の中で混ぜこぜになった話をしていた。「〇〇さんのところに行かなきゃいけんかったのに、頭が痛くていけんかったんよ。悪いことしたねぇ」。その日のことではなくて、随分前の話なんだろうけど、ずっと心残りなのかもしれない。

幸せなことを私が私の脳に伝えるために言葉にする

そうか、幸せなことを覚えておくために、私たちは言葉で残すのか。
その話を聞いた私は、妙に納得してしまった。

周りの人に自慢するためでもなく、子どものためでもない。
今の、そして未来の自分のためか。
(そもそも子どものためであれば、SNSではなくて、目に見える形でお手紙渡すとか、言葉で伝えるとか、写真を家に貼るとかしたほうが子どもの脳には残りそう。)

それであれば、残したいな。
単純にそう思った。

ただただ、家族でゲームをやる時間。
例え生産性はなくても、すごく幸せだよね。

ビデオ電話の向こうで聞こえる跳ねるような声に
スマホ画面をスクショしたくなったその一瞬を。
今日は、言葉で残してみようと思う。

2024年3月。
さとゆみゼミ4期の仲間と共に始めた#note1000日チャレンジ・14投稿目
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。