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【フツーの人々(4人目) / キックスケーターおじいちゃん】

 キックスケーターおじいちゃんは颯爽と現れた。人混みをスイスイと、いやよろよろとかき分けながら。

 おじいちゃんは決してきれいとは言えないような身なりだった。大きな樹の下にある、駅前の隅の方のベンチなどで寝転がっていても不思議ではなかった。ベージュのよれたカーゴショートパンツ。薄汚れた(おそらく元々は)白のスポーツソックス。これまたよれた(おそらく)ベレー帽。白のアロハシャツ。カーキ色のタンクトップ。見ようによってはお洒落な出で立ちだったけれど、そのすべてが、ただただくだびれていた。洗濯された日を思い出すのも困難なくらいだろう。風呂にもだいぶ入っていないようにも見えた。白いものが混じった髪は伸び放題であちらこちらに跳ねており、唇の色は悪かった。大きい鼻はデコボコとしていた。肌はくすみ、至るところにシミが点在していた。

 それにしてもその光景は、赤ちゃんがセグウェイに乗ってるくらいの違和感だった。いや、赤ちゃんがセグウェイに乗っていた方がまだすんなりと異物、もしくは驚異の移動体として認識しやすかったかもしれない。しかしそのキックスケーターは、おじいちゃんの身体にいささか馴染みすぎていた。まるで長年つけたままのアクセサリーのようだった。

 道は、夕飯の買い物に出かけたのであろうきれいな身なりの奥さま方で混雑していた。花柄の上品なワンピースを着た人、オーバーサイズのブラウスにスキニーパンツを合わせた人、アウトドア系だがすべてがブランド物の人・・・。いくつかのショッピングバッグとデパ地下で買ったのだろうビニール袋をそれぞれの手に提げていた。

 キックスケーターおじいちゃんは、自身は乗り慣れてはいるのだろうがヨロヨロと進むものだから、周りのほうが不安になって道を開けた。するとモーゼよろしくキックスケーターおじいちゃんのためにサーっと道が拓けていくのだ。しかしおじいちゃんは周りの視線など気にしてもいないようだった。キックスケーターに乗ることで、人から避けられることに先に手を打っているように思えた。避けられ続けた人生だったのかもしれない。人にはそれぞれあまり語られることのない物語を持っているものだ。

 ヨロヨロだけれど颯爽。姿勢はあまり良くはなかったけれど、とにかく颯爽としていた。まるで、断固として我が道を行くという態度、もしくは意志のようなものを、周囲に誇示しているようだった。鎖骨のあたりに汗がにじんでいて、カーキのタンクトップは色が濃くなっていた。老人でも汗をかくという当たり前のことに少し驚いた。

 梅雨明けはもうすぐそこだ。

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