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記録(6)SAVE KAKOGAWA FES 2022

 出店者朝礼がはじまる。伝えることは4項目。順番を並べ替えた。

1)SKFの出店料を両日とも無料にし昨日分は返金する
2)スタッフへのまかないを中止し会場で購入する(金銭サポート含む)
3)社長の立場を活かしてSNSで超直球のお願いを拡散する
4)駅周辺に20人を投入し「いま営業中」であることをアピール

 昨日の初日はこのSAVE KAKOGAWA FES(SKF)の第1回目の初日ということでプロデューサーの岡本亮が冒頭に話をした。きょうはおれからの通達だけに絞り込んだ。目の前の問題点をどう解決するか。そこに集中して話をする。

 朝礼とはいえ一種のスピーチである。人前で話をする頻度は経営者をやっていると少なくないが、今回は今後のSKFというイベントや加古川の河川活用を左右するひじょうに重要なターニングポイントになりうる。状況も急であり、かつ参加者の利益にも大きくかかわる話だ。状況としてはマイナススタートだ。大風呂敷を広げてイベントを開催したにもかかわらず、昨日の営業成績はひじょうに悪い。なにを言うかは出店者みんなが注目している。

 修羅場とまではいわないが、こういう正念場はけっこう発生する。準備する時間もない一発勝負だ。

 こういう場合は伝えるコツや技術もへったくれもない。だいじなのは「手段」に逃げないことだ。

 舌を噛もうがつっかえようが、直球勝負で必死で話す。もうしわけない、こんな困ったことが起きた。自分たちでできるかくかくしかじかの対策は打った。しかしまだみなさんの助けが要る──。しゃべり方とかテクニックに逃げない、今までの生きかたや態度が伝わると信じて話す。伝わらない可能性だってある。ただただ信じてやるだけだ。最高線を目指す。

 ベンチにすわった出店者やスタッフの目玉およそ300個がバチッとこちらを向いている。前に立ちながら感動する。状況としてはあきらかにロクでもないことになっているわけだが、こういうときはチャンスだ。そういうときこそ一挙手一投足が見られる。そもそも、これだけ注目してもらえる状況はなかなか作れないのである。あとはマイナスをプラスにしていくのみ。

「初開催のSKFだがすでに昨日の営業でたいへんいい感触を得ました。このイベントはもはや成功が確約された。ただ一点問題があります。それが出店者、なかでも飲食物の売り上げです」

 出店料をきょうは取らないこと、また昨日分も返金することを伝える。会場に声にならない、なんともいえない緊張感が流れるのがわかる。会場の意識とリソースを問題解決に集中してもらう。

 対策説明の最後、4項目めにもってきたのが20人の呼び込み人員の投入だ。

 これは2日目の隠し球で、正体は地元サッカーチームのチェント・クオーレ・ハリマの選手とスタッフだ。この春から株式会社ムサシはこのチームのスポンサーになっており、少額だがお金を出している。そのうえでお金ではできないこととして、チームが戦うリーグ戦の試合会場のまわりでムサシオープンデパート(MOD)朝市を2回開催して集客に協力してきた。ものは試しとスタートしてみたが、フィジカルで勝負しているスポーツ選手たちと、リアル現場が勝負の朝市はとても相性がよかった。朝市・サッカー観戦に相乗効果をもたらすいい会になった。

 きょうの午後はこの選手たちがボランティアで参加してくれるので、駅周辺の呼び込みに参加してくれるよう依頼した。チームの宣伝も兼ねてユニフォーム姿で来てもらう。若いスポーツマンたちは見た目が抜群にシャープでかっこいいし、このチームは地元にスポーツ文化を根付かせるという大きな社会的目標をもって運営されているので、チームメンバーの雰囲気がやたらいい。笑顔にあふれていて朝市とのマッチングが最高にいいのだ。

 日本には地域スポーツが根付いていないため、フィジカル勝負に人生を賭けているスポーツ選手がこの町でじつはいっしょに生きているという実感がない。この特質をSKFの現場なら引き出せるのではないか。いや、たまたま2日目に来てくれることになっていたのだが、この窮地ではひょっとすると来客増の起死回生の人員になる可能性があった。

 朝礼の最後に選手たちを前に呼び出して紹介する。見たことのない手段があらたに登場したので、出店者たちも驚いたようだ。

 ふだんはわれわれがサッカーチームのサポーターだが、きょうは彼らがわれわれのサポーターだ。しかもみんな最高にかわいい。未来志向でぜひとも終わりたかったので彼らの紹介を朝礼の最後に持ってきた。

 ざーっと、大きくはないが力強い拍手が起こった。

 状況はきびしいが打てる手は全部打った。満点ではないが伝わった気がする。

 記念撮影をしてスタートする。出店者たちの表情は柔らかさのなかにもいい緊張感がある。悪くない感触だ。おれがベンチを重ねた台に上がってカメラを構えていると、「篤さんも記念写真に入って」とスタッフに言われたが断った。高いところに登るので、スタッフが落ちたら困る。おれは身のこなしがいいので落ちても大丈夫だからだ。それに、あくまでおれは主役ではなく裏方の代表であり、写真を自分が撮影するのはその表現でもある。

 朝市の主役は出店者でありお客さんでありスタッフである。こうして2日目がスタートした。

 朝礼をだいじにしているのはムサシの続けているMOD朝市のちょっと変わった点のようだ。毎週末の朝市でも営業スタート直前にかならず出店者朝礼をやる。

めずらしいのは、ここで前週の「来場者数と経済効果」というのを全員に共有することだ。

 経済効果というのは会場全体の売り上げのことで、出店者・株式会社ムサシ、すべての売り上げを合算した額である。出店者を含めたわれわれが、チームとしてどれだけ地元の経済を動かせたか、店別ではなく会場全体でどれだけ経済的影響力があるかを産出して伝えるのだ。

 こういうクセをつけておくと、各店舗の売り上げはそもそも重要だが会場全体のことをみんなが考えるようになる。これは外部業者だけの話ではない。ムサシのスタッフも一喜一憂するべきは自店の売り上げ額ではない。会場全体のパフォーマンスにたいしてこそ一喜一憂して対策を打っていくべきだ。そういう場所にしないと、たんに個店が利益を上げるだけのショッピングセンターに朝市がなってしまう。共有地の悲劇を起してはいけない。それでは意味がない。朝市はビジネスを利用した社会運動だからだ。

 テメーのサイフのことしか考えない烏合の衆はもう世の中には必要ない。だからいわゆる「テキヤ」は出店審査を通過させない。カネをもうけることは継続条件としてもちろん重要だが、それは必要条件でしかない。モウケをそれぞれが貯めこむだけで再投資がおこなわれないコミュニティは崩壊していく。


 出店料収入を放棄したことで、このイベントで数十万─数百万が株式会社ムサシの金庫からは減ることになるが、それによってインビジブル・アセット(見えない資産)を増やとうとしている。だいじなのは美辞麗句でもなんでもなく、本気でそう思っているし実行してきたことである。

 ビジネスとしてのカネの源泉は、株式会社ムサシにはいわゆる「本業」がある。そこで稼いだビジブル・アセット(見える資産・カネ)を決算書では見えないインビジブル・アセットに投資していく。インビジブル・アセットは「信用」に近いがイコールではない。経営でいう信用とはふつうカネに変えられる信用のことだ。世の中にはカネには変わらない信用がたくさん残されている。それを測る物差しはない。(いわゆる「のれん」はそれに近い)

 四半期や1年の短期利益を追っているふつうの企業にはこのインビジブル・アセットは見えていない。ムサシがなにをやってんだかよく見えず、完全にインビジブルであろう。

 先般、近隣の小野市の商工会議所の代表がムサシに聞き取りに来たことがあった。急な依頼だったが、同市を代表する企業の経営者であり知らん人でもない。「時間外でもいいなら」と夜になってから対談の場をもうけた。会ってみると、ムサシがなにをやっているのかよくわからんから聞きに来てやった、というような態度である。

 しばらく話してもピンと来ていないように見える。そこで「朝市なんかやってももうかりませんよ」とキーワードを投げてみたら、「あ、そうなのか」という顔をしてそそくさと帰っていった。二度と来ないでいただきたい。

 われわれはゼニ・カネ・決算書では見えないが、じつはハッキリと存在しているもの。見ようとしないと見えないものを増殖させている。そうやって朝市はいまの地位にたどりついた。これは一朝一夕にはコピーできない最強のビジネスモデルだとおもっている。

 今回は窮地に追い込まれたことで、われわれはインビジブル・アセットに注力せざるをえなくなった。なんのことはない。本来立ち返る姿に戻っただけのことである。なにを恐れることがあろうか。もともと無一文の赤字事業なのだから。(つづく)

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