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能登半島と和倉温泉3

 石川県は「高級品の県」だといっていいだろう。「加賀百万石」「兼六園」「輪島塗」「加賀友禅」など、県を形容する言葉も伝統産品も高級なひびきのあるものばかりだ。

 象徴的といっていいのが金箔の生産量だ。金沢市が日本の生産量のほぼすべてを占める。ちなみにその理由は年間をつうじて金沢の湿度が高いことだ。おかげで極薄い金箔を細工するのに邪魔になる静電気が起きにくいのだという。

 その話がウソか本当かはわからないが、たしかに石川県に冬に滞在するとなるほどと思わされるほど「雪」「雨」「水」が多い。

 金沢市の年間降水量は年間2400ミリだ。わたしの出身地の兵庫県加古川市は瀬戸内海型気候で1200ミリだから、ちょうど倍の雨や雪が降る。1月初旬から真冬の能登に滞在していると、道路は雪解け水でほぼ濡れっぱなし、空は曇りっぱなしで折々チラチラと雪が舞っておよそ乾燥するひまもない。同じ時期の加古川はほぼ晴れっぱなしでわが家では庭土が乾燥しきってしまい、土ぼこりを抑えるのに水をまいている。まったくの別世界にいるのを日々肌身で感じる。

 降水量という「量」ではなく、降りかたという「質」を見てみるとさらにおもしろいことがわかる。金沢市は年間降水時間が日本一なのだ。降る量も多いが、時間も長い。つまり量もさることながら小雨や小雪が長時間降る。

 こういう「雪と雨の国」であることが、金箔のような伝統産業はもちろんのこと、生活や人々の性質にまでおおきな違いをもたらしていることが想像できる。

 高級品の県としての石川県はどういう評判をじっさいに得ているか。観光業のニュースサイト「トラベルボイス」が都道府県の観光地としての魅力を順位付けした「地域の魅力度ランキング2023」はこのとおり。

1位 北海道
2位 京都府
3位 沖縄県
4位 東京都
5位 大阪府
6位 福岡県
7位 神奈川県
8位 奈良県
9位 石川県
10位 長崎県

 観光地として有名になる都道府県には3つ特徴がある。ひとつには僻地であること。北海道と沖縄はその例だ。どちらも内地からすると「異国」であり、気候すら違う。エキゾチシズムを刺激する行き先としての価値が高い。ふたつめは大都市。東京・大阪・福岡・神奈川のたぐいだ。これは人口が多く遊園地やスポーツ競技場などの人工施設が多いのも影響しているだろう。みっつめは歴史が古いところだ。京都や奈良がそれにあたる。

 この3つの特徴を単独または複数持っている上位陣のなかで、石川県は長崎県とならんで10位以内に食い込んでいる。石川県は観光業が相対的に大きな比重を持っている県ということだ。

 観光県石川の和倉温泉と縁ができたのは1月3日のことである。

 1日夕刻の能登半島地震を受け、3日の早朝に加古川を出発、昼ごろ七尾市に到着したものの、苦労したのは宿探しだ。

 被災地で営業している宿など事前にわかるはずもなく、実際現地に来てみると水道が重度の断水を起こしているので便所も風呂も使えない。営業している宿などどう考えても望み薄だ。

 ダメでもともと、和倉温泉の観光協会に電話してみる。「壁が崩落したり水が出なかったりで、和倉のすべての施設が営業を停止しています」。やはりすげなく断られた。野宿のする準備はしてきていたのだが仲間には野営に慣れていない者も多い。あきらめかけたころ、仲間がたまたま連絡を取ってみた農家民宿に宿泊できることになった。和倉温泉まで5分という場所である。

 わたしは温泉に入る趣味がない。その日七尾市に来るまでここが有名な和倉温泉だということすら知らなかった。長年北陸に住んだ河村操さんにきいてみると

「和倉温泉は高級路線の温泉街や」

と教えてくれた。その筆頭が加賀屋である。とにかく豪華でキラキラしてるのが特徴だという。加賀屋は旅行業界紙が選ぶおもてなしランキングで1位をほとんど独占してきた。「高級路線石川県」の代表格といっていいらしい。

「能登の若い女の人が花嫁修業のために働いたりすんねん」。
 
 七尾市は長い歴史を持ち能登国の中心地として栄えてきた。この地震では能登半島復興の拠点になるだろう。今後長く続くことが確実な復旧・復興の過程で七尾市を支えるために、わたしが加古川で開催しているムサシオープンデパート朝市が使えないか。さいわい支援金も数百万円が集まりそうだ。和倉温泉という名前は、温泉に興味のないわたしでも知っている。この和倉温泉は七尾市と全国をつなぐ拠点になりはしないだろうか。

 そんなことを考え始める。

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