スポーツ選手のオリンピックメダル獲得シーン。試合後のインタビューで典型的な応えは「チームメートのがんばりのおかげで」「支えてくださるスタッフ、その他のみんなのおかげで」「家族のおかげで」「おかげさまで」。

　「おかげさま」この聞き飽きたフレーズ。

　こういうコメントにたいし日本では「謙虚」という評価がされることが多い。しかしじつはこれはその選手が謙虚なのではない。たんなる事実を述べているだけだ。

　たいへん当たり前のことを言うと、１人の人間が偉大な結果を残すのは１人ではできない。いろんな人々が協力してチームに多様な力を与え、選手が競技場に立ち、結果を出す。試合が終わってヒーローインタビューのさいちゅうですら、すでに会場の片付けを始めているスタッフがいる。そういう人々によって成り立っている。

　「おかげさま」は関係性に生きる動物としてのホモ・サピエンスにとっては日常そのもの。誰かのおかげさまにならないと人間は生きていくことができない。

　しかし、というか、だからこそ。「おかげさま」は「たくさんの人が働きました」といっているだけで、なにも言っていないに等しい。あまりに陳腐な紋切り型とはいえまいか。スポーツ選手の試合後インタビューがたいていつまらないのはこのせいだ。

　もっと個人をにじませる。ドラマを含む。つまりあたりまえの「おかげさま」を語るより、あえて主観的なことを語るほうがおもしろいのだ。

　「おかげさま」を越えたとき、はじめて表現の撃鉄が引かれる。そう言ってもいい。

　一昨日、SAVE KAKOGAWA FES（ＳＫＦ）が終わった。

　こういう屋外イベントを開催しはじめたのはおよそ10年前である。なんの経験もツテもないところから大中小さまざまな規模で数百回開催してきた。初回のお客さんは数十人。来場人数だけとってもケタが３つ増えた。自分たちがやっているこのイベントが１万3000人もの人を集め、ときに人に涙させるまで成長してきたのは、もはや信じがたいものでしかない。

　おそらく、スポーツ選手が金メダルを取るのも同じような気分なのだろう。およそ自分でやったこととは思えない。自分がやったことではないのなら、他人がやったことにちがいない。つい「おかげさま」を呼び出したくなる。
　
　今回のＳＫＦにしても、設営業者、電器屋、大工、ボランティア、配管業者、出店者、ＤＪ、飲食店、ＯＡＡスタッフ、株式会社ムサシのスタッフ、その家族、デザイナー、土建屋、仮設トイレレンタル会社、花火屋、地元のアスリートたち、町内会、加古川市長、加古川市・兵庫県職員、ウチのカミサン、編集者、町内会の人々、喜んでただ働きする来場者なのかスタッフなのかお手伝いなのかよくわからない人々、子ども、イヌやニワトリ──詳細に書こうとすればいくらでもキリなく上げられる。そういう人たちがそれぞれの働きを結集して作ったのである。

　くわえてウチのイベントの場合は、来場客も重要な構成人員に入っている。だからゴミが会場にひじょうに少ない。来場者を消費者におとしめるとゴミが増えるのである。

　驚くかもしれないが、この１万3000人イベントに、専属の有給スタッフは１人しかいない。あとは主たる生計の手段を別に持つ人たちの寄せ集めで成り立っている。つまりシロウトの寄せ集めなのだ。ここはＳＫＦ・朝市のひじょうにレアな点だろう。

　知人のカメラマン杉村君からこういうコメントをもらった。

《SKFを侮っていました。すごい人手とクオリティ。それでいながら運営側とお客さんの距離感が近くてほんわかしてて……のべどれくらい入っていたんだろう》
《以前はイベント撮影もやってたから、それなりに見てきたつもりだったけど、大手のプロモーターがからんでないのにあの集客とクオリティは感服。むしろ和気藹々としたムード。お祭りみたいで全世代に受け入れられる感じ》

　やりようによってプロを超えることができるのだ。プロフェッショナルとアマチュアという概念すら破壊しかねない事態が起きているのだ。
　
　しかもマニュアルがほぼない。いくらかはある。が、それは会場のレイアウト図や雨天時のイベント中止手順、「ベンチの直し方」みたいな単純なものにとどまっている。「客として来たんですけど、途中から手伝うことにしました」なんて人をどう扱うかについて、そもそもマニュアル化できるはずもない。だから積極的にあきらめている。その場で瞬間爆発的によきものを生成するのだ。

　もはや究極の「自治体」と呼んでも差し支えないレベルだろう。

　この自由と自治のためのスイッチをこれからも押しつづける。さらにもっとスイッチはある。それを探し出す。週末の朝市からまた新しい探索が始まる。

photo：井塚裕也