風を楽しみ、気象を味方に

稲美町の加古大池は台地上のため池のそばという開放的な好立地だったが、冬場の風になやまされることになった

 屋外で開催するムサシオープンデパート朝市はよく風に悩まされる。雨の場合はあっさりとあきらめて事前に中止するから判断をすれば終わりだ。じつは現場が困るのは風である。

 突風で運動会のテントが吹き飛んでいるのがニュースで報じられることがある。看板が倒れたり飛んだりもするし、会場では火も使っているから火の粉にも配慮がいる。けが人や事故の原因になりかねないのは圧倒的に風のほう。毎週かなり気を使いながら開催している。

 担当はおれと河村操さんである。ながらくおれはカヤックを中心としてサーフィンやヨットまでかじってきたし、新聞記者時代はお天気担当でもあった。操さんはごぞんじ練達のサーファーである。ふたりとも風には異常に敏感なのだ。

 運営メンバーに風コンシャスな人間が2人もいるというのもなかなか奇跡的なことだ。2人の会話にはメイストームとか爆弾低気圧とか低気圧とか前線とか等圧線とか、あまり一般的には会話に登場しない気象用語が日常的に出てくる。

 こないだある勉強会でその日の風を気にしているかを一般人に聞いてみたら、案の定まったく気にしていないとのことだった。その地域の風のクセなどもおそらくまったく気にしていないだろう。

 気温が変わるのも雨が降るのももとはといえば空気が動いて熱や湿度を運ぶからだし、風が1メートル/秒強まれば体感温度は1度下がる。どちらかというとお天気の本丸は圧倒的に風(空気の動き)のほうなのだ。

 おれの風の使い方を3段階で説明してみよう。

 1つめ。まずは天気図を見て大きな空気の流れの傾向を頭に入れておく。これが日本周辺の風向きのベースになる。どの位置に高気圧や低気圧、前線があり、等圧線の混み具合はどの程度かを気にしておく。むずかしいことはない。等圧線が密になっていると風は強く、高気圧から低気圧に向かって軽く渦を巻いて流れこむ。低気圧には前線をともなうものがある。そのていどの中学生の理科で習うレベルの理解で十分。ずっと見ていれば分かってくる。開催前後1日の変化も見ておこう。等圧線が混んでくる場合は急に強まる風に注意だ。

 2つめ。その土地の局地風を足し算する。山や地形、気温の上昇によってその土地に特徴的な風が吹く。それにはその土地のクセがある。たとえば川沿いの土地で開催すると、天気のいい午後には海風が強まる。渦を巻きやすい地形もある。これは移動時などに日々気にしていると理解できるようになってくる。クルマの窓は締め切らずに開けておく。移動しながら気温の変化を肌で感じ、停車したときに入ってくる風の向きがわかるように。

 3つめが微気象である。会場に樹木が生えていれば日射の暑さはしのげるし、会場のレイアウトによって風の動きは変わる。草を刈れば風抜けはよくなる。冬の早朝は日当たりのいい場所を選んでベンチをレイアウトする。地面が湿っていて風が動いていれば暑さはかなり低減されるので必要なら散水する。そういう細かい「感性」をつかって現場あわせで工夫をしていく。

 微気象というのは身体の小さい変温動物がよく活用する。たとえばテントウムシは冬も日当たりがよく風あたりの弱い薪棚などで越冬する。マムシは湿って気温が安定している沢ぞいにすむ。

「そんな細かいこと……」と思われるかもしれない。

 しかしこれで体感温度は数度変わる。温度というのは相対的なものだ。気温30度というのは一般的にはかなり高温だが、気温35度の場所から来た人には

「この場所はものすごく涼しい」

と感じてもらうことができる。この差分による小さな感動を作ることで気温にかかわらず「朝市は快適」という評判を作ることができる。反対に室内にこもってクーラーをギンギンに回して20度に設定していても、その中にいる人はありがたいとも涼しいとも思わない。やたらエネルギーを使っているわりに「感動」がないのだ。

 こういう細かい操作を楽しんでやれる人間がいるというのはかなりめずらしいことだ。ヘンなもの(朝市)とヘンなもの(人)を足すとものすごくヘンなもの(朝市の運用方針)になり、ほかならではの大きな特徴になっている。

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