小説『マッカーサーと天皇』
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1945年8月15日。
日本国民は天皇ヒロヒトの玉音放送でもって、大東亜戦争の敗戦を知らされた。
日本が敗戦国となった瞬間に、米軍が接収した東京の拘置所・『巣鴨プリズン』。
その牢獄に放り込まれたのは、軍人だけではない。
歌舞伎役者や映画人と呼ばれる、いわゆる『文化人』たち。
彼らもまた、この『巣鴨プリズン』に強制収容されたのだ。
なぜ彼らも牢獄へ入れられたのか。
理由は他でもない。
彼らこそが、日本を戦争の道へと突き進めた「プロパガンダ」の大犯罪人だと、アメリカ軍に判断されたからである。
破竹の勢いで進軍する日本軍、そしてそれを後押しする様に、何度も何度も繰り返される
プロパガンダ━━
『進め、一億火の玉だ』
『欲しがりません、勝つまでは』
大本営の発表で、日本は勝ち続けていた。
その戦いに、負けは許されなかった。
しかしその実、日本は米軍による数多くの絨毯爆撃や、二度に渡る原爆投下が行われていた。
いつ降伏してもおかしくない状況だった。
それなのに日本は、負けを認めなかったのだ。
自分たちが瀕死状態だったのにも関わらず。
だからこそ、GHQは日本の軍隊のみならず、日本のあらゆる人間を捕まえたのだ。
この戦争の原因はどこにあるのか。
敵国・日本はなぜ暴走したのかを、問いただすために。
★ ★ ★
「フン……そんな事は、分かり切ってただろうに」
マッカーサーは独り言でもつぶやく様に、デスクでパイプを燻らせた。
香ばしい匂いが漂い、豊かになった様に感じたマッカーサーは、鼻腔を擽るその薫りに陶酔して行く。
部屋のスクリーンには、尚も日本人の作ったプロパガンダ映画が流れ続ける。
「天皇陛下、バンザ〜イ!」
万歳をする日本人と、敬礼をする軍人。
そうかと思えば、次の瞬間にはくるっと場面が切り変わる。
それは、米軍艦に神風アタックを仕掛ける、特攻隊の死に様。
そして━━
そして最後は、あの玉音放送だ。皇居の二重橋前で、一般人が履き物を脱いで、皇居に
向かって涙ながらに土下座をしている。
そんな無様な姿を映し出した演出でもって、フィルムは幕を閉じる。
「なぁバワーズ、日本人は馬鹿なのか? お前はコレを見て、どう思う?」
バワーズはマッカーサーの問いかけに対し、苦笑いを浮かべた。
「総督、私は単なる通訳ですよ? 『どう思う』と言われましても……」
バワーズの応対に、マッカーサーはつい鼻で笑ってしまった。
「確かにバワーズ、お前は通訳だ。しかも「有能な・・・」通訳だ。憎たらしい程にな」
「いえいえ、そんな」
「その通訳に私が問い掛けてるんだ。忌憚のない意見を聞かせて欲しいんだよ。どうだね?お前は日本と戦って、怖くはなかったのか?」
バワーズはしばらく黙り込んだが、率直な心境を吐露し出した。
正直、この戦争がなかったら、東洋の小国である日本なんぞは知り得なかったし、一生関わり合いにもなる事はなかった。
でもこの太平洋戦争をきっかけに、日本人の恐ろしさを垣間見てしまった。
バワーズはそう、マッカーサーに告げた。
すると彼も、バワーズの返事に深く、大きく頷いた。
「私もこの小さな国を、脅威に感じたのだよ。我がアメリカが東洋の、まるで劣等生みたいな体格をした人々を「脅威」と思うなんて、あり得ないだろう? 見た目だってこんなに細いし、貧弱だ。それなのに意志の力で保たせてると言わんばかりに、何度でも立ち向かって来る。神風アタックだってそうだ。あんなのはもはや、自殺行為じゃないか。絨毯爆撃に対する態度だってそうだ。あの作戦はそもそも、我々が一般人を巻き込み始めたら、きっと降参するだろうと思ってやった事だ。なのにどうだ? 彼らが動き出したのは今年の夏だ。やっとのことで、今年の夏なんだぞ?」
「総督。これはあくまでも個人的な印象ですが、日本人は、我々とは違う価値観で、動いてるんじゃないですか?」
マッカーサーはバワーズのその一言を聞いた瞬間、まるで電撃が走ったように身震いした。
「……そうだ。きっと、そうに違いない!」
天皇ヒロヒトの残る一手はただ一つだけ。
GHQ本部にいるマッカーサーに、会いに行く事だけだった。
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刻々と約束の時間が迫って来る。
それなのにも関わらず、通訳のバワーズはまだ来ていない。
何をやっているんだ、あのバカ。
まさか、また勝手に歌舞伎俳優と雑談してるんじゃないだろうな?
総督はふと脳裏に、バワーズが刑務所にいる文化人たちと話をしている姿を想像してしまった。
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