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芸術鑑賞 M.C.エッシャー《滝》

(約900文字・購読時間1分00秒)

 リトグラフ《滝》(1961年)もまた、M.C.エッシャーによって制作されたありえない図形である。まず作品に向かって中央やや上部の左手を見ると、滝が落ちるのがみえ、それによって水車が回っているのがわかる。落下した水はレンガ造りの放水路を通って流れていくが、流れにそっていくと、当然のように低い方に流れ続け、同時に画面の向こう側へと退いていく。ところが、最も遠くで一番低いはずの地点に達したところで、突然そこが最も近くで、一番高い場所と同じになっていることがわかる。そこで再び落下をはじめ、水車を回し続ける。つまりここには永久運動が生じている。水車はかくして終始回転することになった。
 《滝》は、英国の心理学会誌『ジャーナル・オブ・サイコロジー』(1958年)に発表された、R・ペンローズ(1931-)の“不可能な三角形”を元にしている。エッシャーは、ちょうど彼自身が不可能な世界の構造に熱中していた時期にペンローズの“不可能な三角形”に出会い、この三角形が《滝》を生み出すきっかけになった。ペンローズはこれを「三次元的に直交する構造」と称しているが、もちろん現実空間に存在する構造体の投影図ではない。不可能な三角形は、面の構造要素を、間違った繋ぎ方をすることで、絵の上ではじめて可能にしたものである。三つの直角自体は正常なものだが、空間的には不可能な、誤った方法で一種の三角形になるように結合され、その結果、三角形の内角の和が270度になってしまっているのである。この三角構造の不思議さを最も好奇心をそそるやり方で描くには、流れ落ちる滝が使えるということに気づいたのだ。このありえない三角形を三つ結びつけることによって、エッシャーは建築物として制作不可能な《滝》というアイデアを発展させていった。これは、 建物の上部左右に置かれている多面体はそれぞれ正六面体三つ、正八面体三つでで構成され、同じものが三重化され、かつその結果三次元的に直行する《滝》との構造の秘密を暗示している。
 《滝》は、立方体の頂点を結ぶ際の意識的なごまかしによって成り立っており、《物見の塔》の基本構造となっている立方体形と同様で、関連性を持つことは明らかである。 

参考文献
『ミラクルエッシャー展』(産経新聞社、2018年)

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