イールドカーブ_2-_5-_10_04_Oct_2019_グラフ_

「消えていく金利の恐怖」其の3 - 米製造業の減速とトランプ大統領の再選戦略。

 最近発表された米国経済指標の中で、アメリカ、引いては世界の景気の行方を左右する大事な指標が2つあった。9月の米雇用統計と米ISM(Institute for Supply Management、米供給管理協会)製造業指数である。

 まず雇用統計であるが、一般向けニュースのヘッドラインは失業率が3.5%と1969年12月以来の数値に低下したことを挙げ米雇用が改善したように伝えているが、金利マーケット参加者の捉え方は全く逆である。特に製造業の雇用が不調なことに加え、平均時給が前年同月比+2.9%とこの1年で最低(それでも+3%近く伸びている!)だった事から、10月29,30日のFOMCで再利下げが決定される、との見通しが強まった。GMのストライキの影響が10月の統計に表れるため、雇用の更なる悪化を見込む向きもある。

 米ISM製造業指数も47.8と基準値である50を大きく下回り米景気減速への懸念を強めた。ボーイング社の受注減など特に輸出項目が41.0と急落しており、こちらも米製造業の減速が確認された形だ。ただ地区別にばらつきがあったため10月の数字を確認する必要がある、との指摘もある。

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 結果としてアメリカの金利市場はどう動いたか。(標題グラフ ↑ )10月FOMCでは従来の0.25%ではなく0.50%の利下げを織り込む動きとなっており、米国債市場では期間の短い物を中心に金利が低下、2年物は1.40%付近まで低下している。一方長期金利も低下はしているが短期物に比べ低下幅は限定的だった。米国の実質金利も10年物でついにマイナス金利に突入してしまい( ↓ 添付表)、長期の米投資家には買い進みにくい水準だ。結果としてイールドカーブは2-10年でやや傾斜化(スティープニング)した。

実質金利G3 @04Oct19

 ではこの結果はトランプ大統領にとってはどうか? 結論から言うと*ほぼシナリオ通りではないか。対中関税引上げは、世界のサプライチェーンの動きを鑑みれば、製造業の減速がアメリカにも波及してくる可能性は十分予見できたはず。ゆえに2020年に向け残りの選挙期間の前半はFRBの利下げで凌ぐ戦略だろう。利下げ幅はまだ100BP以上ある。だからしつこいほどFRB批判を続けている。案の定、指標を受けて米株式市場は景況感の悪化の方ではなく利下げ期待に反応して値を上げている

*まあ、名目政策金利が既にマイナス金利になっている日本やドイツにとってはあまり歓迎できないシナリオだろう。急激な米利下げは為替市場でドル安を誘発し、輸出主導の両国にはかなりの負担になりそう。欧州、日本共にマイナス金利深掘りの議論もあるようだが、これは実質「預金課税」の強化につながり、その負担は金融機関や預金者が負うことになる。こうなると好む好まないに関わらず金利のない「仮想通貨」の方が有利になる展開も考えられる。来年発行を検討中のリブラには追い風になるかもしれない。(ただし適正値が50万円か100万円か不確実なビットコインなどは購入のタイミングが難しい)

 米国の大統領選挙で金融政策を「戦略的なタイミング」で使うのは、何もこれが初めてではない。例えば、**かの有名なグリーンスパン議長も1994年2月に突然利上げを始めて大騒ぎになった事があったが、その後米景気拡大が急加速した事から利上げの正当性が認識された。結果として米国景気が程よい成長に落ち着きクリントン大統領も見事再選を果たしている。

**1994年2月時点では、例えば雇用統計の非製造業部門雇用者数(NFP、Non-Firm Payroll、米雇用統計で最も注目されている項目)はまだマイナスで、常識的には利下げがあってもおかしくない状況と認識されていた。そこでグリーンスパン議長が突然利上げを始めたものだから、金利トレーダーの多く(含.「損切丸」)は「グリーンスパンは気が変になった!」と騒ぎになった。ところが後でわかったことだが、議長は「NYのごみの量の増加」「トラック運転手の労働時間の増加」など市場参加者が気付いていなかった指標に注目し、見事その後の米景気加速を見抜いていたのである。この利上げによってグリーンスパン議長は一時「神格化」されていた。
 「損切丸」も若気の至りでカッカしていたので、向こう見ずにもドル金利が下がるポジションを張り続けたが、その後5か月間に+150BP=1.5%もの利上げを食らい見事玉砕。随分と高い授業料になったが、金融政策については自分の意見ではなく中央銀行の考えを理解しないとダメ、という、その後の金利トレーダーとしてのキャリアを左右する、非常に良い教訓となった。

 おそらくトランプ大統領はどこかの時点で「米中貿易戦争」やイランや北朝鮮との紛争、交渉の矛を収め、米株価、例えばNYダウを28,000~30,000ドルまで引き上げて再選、のシナリオを描いているのではないか。娘婿のクシュナー氏を始め、経済に強いユダヤ系のブレーンが付いているようであるから、この辺りは抜け目なく進めていくと思う。

 「トランプ大統領の再選戦略」の大枠はしっかりと理解しつつ、基本ポジション(おそらくドル安、円高、株高。但し日経平均はドル建等々..)のエントリーポイントは考えていきたい。ただ「ブラックスワン」(=突発的出来事により急変するリスク)はどこに潜んでいるのか分らないので常に頭の片隅に入れておく必要はある。米下院で進む大統領弾劾の動きなども一例だし戦争もそうだ。(儲けより損失が大きいので)イランや北朝鮮にトランプ大統領が自ら戦争を仕掛けるつもりは現時点ではないようだが、偶発的軍事衝突のリスクは常に存在する。

 大統領の判断のカギは株価が上がるかどうか、その一点だろう。戦争を起こした方が株価が上がる、と判断すれば開戦に動く可能性も否定できない。グリーンスパンの例ではないが、政策を決めるのはあくまでトランプ大統領でありトレーダーや投資家ではない、ということを肝に銘ずること。そこをはき違えると筆者のように「玉砕」しかねない。くれぐれもご用心を。

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