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歯科検診と悪魔のワード「C」

先日、日本の保健の歴史の講義を受けまして、日本では明治時代から学校保健がはじまったことを知りました。驚いたのは、大正時代には小学生に歯科検診をしていたことです。(写真は講義の資料からお借りしました。)

古今東西歯科検診

画像が大正時代の日本のどこかの子どもへの歯科検診です。歯科医師のちょびひげ、衛生士さんのお着物、子どものおかっぱ、それ以外はとくに現代と変わらないように思います。手にしているのは歯科の検診表でしょうか。わたしが土曜日に勤務しているプノンペン日本人補習授業校でも、年に一度幼稚部から中学部まで全員の歯科検診があるのですが、こんな感じです。あ、でも椅子は普通の椅子でですが。

カンボジアの子どもの歯科検診事情

一方、カンボジアの小学校では、まだまだ歯科検診の習慣はないようです。海外の支援団体が子どもたちの歯科検診などのプロジェクトを導入して行っているところもありますが、一般的ではありません。以前日本の大学がカンボジアの地方の農村と首都プノンペンの子どもたちの歯科検診を行ったデータを公開していましたが、興味深いものでした。歯磨きの習慣がない田舎の子どもの方が、都市在住の子どもたちと比較して虫歯がなく歯の健康状態がよいという結果でした。やっぱり食べているものなんでしょうかね。都会暮らしは、便利と引き換えにいろいろ無くして行くのかな。

苦痛憂鬱小学生時代の歯科検診

大正時代までは行きませんが、何十年もさかのぼらせていただいて、わたしが子どものころの歯科検診の話ですが。小学校時代は年に1度歯科医師が学校に来て、クラスごとに一列に並ばされて口の中を診られました。後ろの子が受診中の子どもの頭をがっしり抑えるシステム。これにはまったくいい思い出がありません。「C」という言葉が虫歯であることがわかるものわかりがよかった子ども時代のわたしは、「C」とそこに続く数字を聞くたびに、憂鬱になって行きました。だって「C」はキーンというドリル音と、脳天を突き抜けるような痛みに直結する、悪魔のワードなのだから。

歯の集団治療

わたしは小さな村で生まれ育ったので、村には当時歯医者が一軒しかありませんでした。苦痛で憂鬱な歯科検診で虫歯があった子どもには学校から家庭に通知が来ます。希望者は学校で集団治療に連れて行ってくれるという、忙しい親からすれば神のような親切な行事がわたしの学校にはありました。わたしは、この集団治療の常連だったのです。その日は午前で授業はおしまい。午後、虫歯保有の子どもはバスに乗せられて、かの恐ろしい歯医者に連れて行かれるのです。順番を待っている間は、キーン、ガガガガガガのドリル音、そして低学年が泣き叫ぶ声を聞いて過ごします。それはもう生き地獄でしかありませんでした。親には神でも子どもには恐怖の行事でした。

未だ克服できない憂鬱

小学校4年生ぐらいのときの集団治療のことです。痛みと麻酔と戦ってようやく解放されたとき、あたりは薄暗く、待合室には誰もいませんでした。あれ? あんなに騒がしかった待合室が静かだなんて、わたしは治療を受けている間に異次元にでも行ってしまったのだろうか? なんと、わたしの虫歯がむごすぎて治療に時間がかかり、他の児童たちはバスに乗り込んでわたしを待っているという状態でした。自分のせいで早く家に帰りたいであろう子どもを待たせている。あのときの恥辱が忘れられず、40代のいまも、歯医者が憂鬱でなりません。さすがに大人になって苦痛に耐えるのはなんてことなくはなったのですが。トラウマなんでしょうかね。

どうして歯医者の話なんて書いてしまったかというと、現在、虫歯ではないけどセラミックが割れた奥歯がありまして・・・。予約しなきゃ、でも歯医者は嫌だなぁと、もうふた月ほど弱い自分が顔を見せているのです。自分への喝入れのブログでした。おあとがよろしいようで。




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