【短編】女の敵は女、女の味方も女

私のプライドは、フルボッコにされた。
おそらく私より10歳は歳下であろう、電話のお相手に。

「あいにく、お探しの条件ではご紹介できるお仕事がありませんので、面談はキャンセルとさせて頂きます。」

転職エージェントは、どこも頼もしげな広告を出しているくせに、実際は冷たい。

地方都市在住
子持ち
アラフォー
時短希望
こんな人間には、かまう暇が無いらしい。

一方的にキャンセル通告をされ、しかも最後には「弊社のグループに、派遣会社がありますので、よろしければそちらへご連絡ください」とトドメまで刺されてしまった。
ほほほ、ごきげんよう、とでも言いそうな上品な声が、余計に腹立つ。

私は、一部上場企業で15年を過ごして、先月退職したばかりだ。小1の娘と過ごす時間や、きちんと習い事へ連れて行く余裕がほしくて、退職を決意した。

それなりにキャリアはあるから、多少の時短くらい、許容してくれる会社があるんじゃないか、と思ったんだけど。
うーん、こっぱみじん。

もしかして、キャリアの一寸先は崖になっていて、私は落っこちてしまったのかもしれない。

おーい。私はここだよー!
叫び出したい気持ちになる。もしかして、みんながママ団体とか始めるのも、こういう気持ちになるからなのか。

考えても仕方がないので、携帯を置いて小鍋でお湯を沸かす。
娘の下校まで、あと30分はある。

ハケン。
派遣かぁ。
正直、抵抗感がある。
正社員から派遣って、転落している感じがする。でも、働かないのはもっとまずい気がする。

小鍋の火を弱めて、アールグレイの茶葉を放り込む。じわじわと、赤茶色が広がっていく。
濃いめに煮出した紅茶に、 砂糖とすりおろした生姜をそっと入れ、かき混ぜる。ミルクをたっぷりと注ぎ、シナモンを振り入れる。

だいたいの感情は、ミルクティーが落ちつけてくれることを、私は知っている。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

電話の相手が、明らかに苛立つのを感じた。

「弊社のグループに、派遣会社がありますので、よろしければそちらへご連絡ください」

良かれと思ってそう付け足すと、相手の声から感情がなくなった。ショックを受けているのだろう。私だってショックを受けているのだけれど、平然として電話を切る。正確に言うと、切れるようになった。果たしてこれは進化なのだろうか。

「川崎さん、ちょっと。」
教育係の和田さんが、机の傍に椅子ごと寄ってくる。
「よろしければご連絡くださいなんて、そんなの連絡してくるわけないでしょう?こちらからお繋ぎしてもよろしいですか、って聞くのよ。」
和田さんは、元々派遣グループにいたので、紹介で繋ぐことを好む。だけど、正直私にはどうでも良い。和田さんが喜ぶくらいで、なんの実利もない。むしろ、相手のプライドを傷つけるようで、嫌だ。

この口うるさいおばさんがいなければ、もう少し気持ちよく仕事ができるだろうか。

もし、自由に、何でも話して良いとしたら。
「あいにく、お探しの条件ではご紹介できるお仕事がありません。大変心苦しく思います。私も、同じ思いをして、ここで働いています。もしよろしければ、派遣という働き方はいかがですか?正社員から派遣なんて、と思われるかもしれませんが、有期で企業を見定めて、正社員のチャンスもある、小さな子供を持つ身としては、意外に良いところもありますよ。」

私は、派遣社員だ。新卒2年目でデキ婚して、1年後の春に復職したけれど、全くの浦島太郎でついていけず、すぐに辞めてしまった。

そうして、今は派遣でコーディネーターのアシスタント業務をしている。だから、相手の落胆も苛立ちも、痛いほどに分かる。だけど、助けてはあげられない。

なんだかなぁ。
少し憂鬱になったところで、ふと時計を見る。16時の退勤まであと30分。イヤイヤ期の娘との闘いまで、1時間も無い。会社を出たら、キオスクでチョコレートを買って、電車の中で食べよう。よし、と座り直す。

私はまだ、大丈夫、な、はず。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
小学校から帰ってきた娘をピアノ教室へ連れて行き、近くの商店街で時間を潰す。

夕方の商店街をぶらぶらすることなんて、退職するまでは一度も無かった。贅沢な時間のようにも感じるし、時間を浪費しているような気もする。

ふと、コロッケの良い香りが漂ってくる。周りを見渡すと、脇道に小さなコロッケ屋ができている。

アイボリー色の軒先に、
チーズフォンデュコロッケ 150yen
と可愛らしい手書きのPOPが貼られている。
お、これは娘が喜びそうだ。帰り道に教えてあげよう。晩ごはん前だけど、熱々をかじりながら帰ったら、きっとたまらなく盛り上がる。
うふふ、と笑ってとりあえず通り過ぎてみる。

「いやっ いやなの。おうちかえる。」
2歳ぐらいの小さな女の子が、脇道の手前で駄々をこねている。

「ねえ、かんなちゃん、コロッケ屋さんだよ?コロッケ大好きでしょう?」若いママが、一緒懸命に説得している。胸元に、川崎春香と書かれた社員証をぶら下げたままだ。個人情報丸出しだけど…それどころじゃないか。

懐かしい。娘にもあんな頃があった。何を言っても、イヤという時が。笑えてしまうくらい、何も思い通りにいかなかった時期。今思えば、なんと可愛いらしいんだろう。
ああ、そうだ。こういう時は。

「コロッケ、買わないの?さくさくで、美味しいんだよね。おばちゃんたくさん買ってもいいかなあ。ぜーんぶ、食べちゃおうっと。」

突然現れた怪しいおばちゃんに、かんなちゃんと呼ばれた可愛い女の子は眉をひそめる。
若いママは、ぽかんとしている。

「いやっ かんなちゃんの!ころっけ!」
そう言うと、コロッケ屋に向けて走り出す。ママが慌ててそれを追いかける。ふと、振り返って会釈をしてくれる。

にこにこと、余裕の構えで手を振り、その場を立ち去る。そうだ、私の母としてのスキルは間違いなく上がっているのだ。

深呼吸して、歩き出す。
たとえ、大丈夫だと言ってもらえなくても。
大丈夫だよと言ってあげられる自分になればいい。

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