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罪と罰のダイエット

息子が相変わらずとんでもない。
何がとんでもないのかは、彼の個人の問題だし、ここでは書き控える。

問題は、私が阿鼻叫喚し、息子を激しく怒ってしまうことである。理性的な「叱る」ではなく、感情的な「怒り狂う」。百害あって一理もない。自分が嫌になる。でも本当にとんでもないことをするから、我を忘れてしまう。

そこで、昨日は文字通り頭を冷やすため、息子を夫に委ねてひとり、極寒の街をランニングした。息子の罪と私の罰。私は走ることも、寒い冬も大嫌いだ。

冷たいスポーツウェアに着替えて玄関のドアを開けると、あまりの寒さに身を縮める。田舎の街の真っ暗闇は、信号とドラッグストアの灯りだけが頼りだ。いつもはサウナの外気浴で眺める美しい三日月も、こんな夜はただ恨めしい。

ゆっくりと、それでも1kmほど走るうちに体は火照り、暑くなる。苦しいので、フッ、フッ、短く息を吐きながら走る。すると、どうしたって私は分娩台を思い出す。

「あと少し!あれ…頭が…かなり…大きいね?」と助産師さんを驚かせ、会陰切開に至った息子。あの瞬間は本当に、元気で生まれてきてくれさえすればそれだけで良いと心の底から思っていたのに。

良いところがいっぱいある息子の、なぜ欠点に執着してしまうのか。ほんの少しだけ苛立ちを丹田に留めて、冷静に話を聞くことがどうしてできないのか。取るに足らないことを、荒立ててしまうのか。

五味太郎の「大人問題」という本があるのだけど、それを思い出して気が沈む。こうはなるもんかと思っていた母親になっている気がしてしんどい。

信号待ちで、足を止めた。ハアッと吐いた息は白く、家までの折り返しが長く遠く途方もなく感じる。結局20分ほど走り、体は疲れたが、気持ちはあまり晴れなかった。風呂に入り、何も考えないようにして眠る。

今朝、娘と同じ早朝に起きた。無駄に早いので、ゆっくりと朝食を作る。小松菜とバナナをスムージーにして、コーヒーを淹れ、厚切りの食パンでピザトーストを焼く。頂きものシュトーレンを薄く切る。

目を擦りながら起きてきた息子は、怒られても全く動じていない(ように見える)。ピザトーストを折り畳もうとして「ぶあつい」と笑っている。昨日の神妙な顔はどこに行ったのだろう。夫の分のシュトーレンまでにんまりしながら食べた。

私がいちばん冷静に、わかりやすく愛情を示せるのはごはんだ。子の気持ちを前に向かせられるのもごはんだ。

ああ、だから私は痩せられない。


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