見出し画像

『東京の生活史』感想 8人目

<8人目>2024.1.27読了

だから私と地球の戦いはまだ続くねん

 語り手は、大阪府大阪市東住吉区山坂生まれ。父、母、妹、弟とその地で暮らすが、後に妹たちの独立を機に父母が引っ越し、語り手だけ2、3年ほど家に残る。新卒で法律事務所で働くが、数か月程で退職。高校の図書館の補助業務に転職したことを機に、司書を志す。パートナーとの再会を機に東京に移り、都立の学校に司書として勤める。もうすぐクビになる(2020年12月 インタビュー当時)。

 最初に読み始めたとき、この人は小説を書いているのかな、と思った。
 小さい頃に通ったという公園の思い出を、「落ち葉を踏んだりチューリップを触ったり、雪が降ったら見に行ったり、そこでタンポポの綿毛を吹いたりして」(pp.995-996)と表現し、パートナーから宅配便で届いたピエール・エルメのマカロンを、覚えているのはその色や味ではなく、クーラーの効いていない汗だくの部屋で受け取った、冷たい段ボールを抱きしめたという思い出。
 インタビューは、おそらく何回かに分けて行われている。そのうち2回はLINE電話で、本文上の最後のインタビュー時に、語り手が小説を書いていることが明かされていた。


 本文では、以下の語りが印象に残った。

学校の先生とさ、学校ってめっちゃ地球的場所やん、地球を生み出してる場所やんか。

p.1000

 私は「自分は地球に合っていない」という文を見るとき、そこで意味される「地球」の意味があまりわからない。抽象的だけど、語り手の意味する「地球」とは、理不尽も不条理も全てを内包する、ただ一つの「正しい場所」みたいなものだろうか。そして学校の図書館とは、その戦地みたいな地球の、非武装地帯のようなもの。

 語り手は、学校図書館は子供や先生の「基本的人権を守る場所」だと言う。私は司書資格の勉強をしたことがないので詳細はわからないけれど、「図書館は利用者の心を守る場所だ」という言葉を読んだとき、有川浩の『図書館戦争』を思い出した。あのお話は主に「表現の自由」と「言論の自由」を巡った戦いのお話だった(ような…)けれど、図書館の利用者を守ることが大前提だった(ような気がする)。

 語りを読み進める中で、学校図書館の司書って素晴らしい仕事だな、と思った。けれど、語り手は同僚から「基本的人権とか言わないほうがいい、学校に消されてしまうよ」と注意勧告を受ける。それが原因なのかはわからないけれど、語りの最後には語り手はクビを覚悟している。

 私は小学生の時に暮らした街が、わりと読書に力を入れていて、小学校の中に学校図書館と市民図書館があった。当時、市民図書館の方はバーコードがついた利用者カードとかじゃなくて、自分の名前が書いてあるポケットのついた厚紙に、本の情報が載ったカードが差し込まれて、本の貸し借りを管理していた。土日は学校図書館が閉まっていたから、市民図書館によく通った。小学校の図書館にはないような、東野圭吾の本があったりして、『容疑者Xの献身』を途中まで読んでリタイアして返したりしていた。

 司書の方なのか、パートの方なのか、今となってはわからないけれど、私が『容疑者Xの献身』を返したとき、「難しい本読んでるのね。じゃあこれも読んでみたら」って言って紹介してくれたのが、三浦しをんの『風が強く吹いている』で、すごく面白かった。おそらく初めて、児童文学以外で読み切った本だった。

 友達もまあいたし、習い事もしていたけど、おそらくあの市民図書館は小学生の頃の私にとって「サードプレイス」的な場所で、すごく安心した。社会人になった今でも、定期的に図書館に通っているのは、小学生の頃の経験があるからだと思う。

 だから、語り手のような人に司書になってほしいし、本を読みに来たり、教室や校庭や家以外の場所に来たくて来る子供たちを守ってほしい。

 語り手の、文章を書くことや小説を書くことに対する姿勢も共感した。

 文章はな、とにかくダサくてかっこ悪い、けど、ダサくてかっこ悪いくらい我慢、と思って書けへんかったら、書かれへん。
(中略)モノを伝えようとしたら、もう気持ち悪い、めっちゃ気持ち悪い、みたいな。

p.1002

 私も、一生懸命書いたものほど見返したくないし気持ち悪い。noteに投稿したものの9割は気持ち悪くて読み返せないし、昨年出した同人誌に書いた小説も入稿するまでは校正する関係で入念に読み返したけれど、本として手元に来てからは読んでいない。

 まあだけど、言葉が好きだから。書きたいんじゃなくて、書かずにはいられないから書くんだよ。それがたとえ目に見えた数字にならなくても、誰にも評価されなくても。気持ち悪い気持ち悪いのその先に、図書館というものがあるのかも。

 語り手、というか湯上谷ニンチさんの小説、私にも読ませてください!



***

 昨日、祖父が他界した。98歳だった。
 施設に移ってから、あまり会っていなくて、なんで生きているうちに会いに行かなかったのだろう、とよくありがちな後悔をした。お葬式は来週だと、父から聞いた。

 それでも普通に土曜日はやってきて、11時からは転職エージェントとの電話面談がある。あと30分ほど。何も手がつかなくて、なんとなく『東京の生活史』を開いたら、このタイトルが目に留まった。面談の5分前に読み終わる。

 ああ、「本」って、こういう時のためにあるんだな。

 私は『東京の生活史』で初めて、付箋を貼った。
 
 

===
引用文献

岸政彦 編(2021).『東京の生活史』.筑摩書房.

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?