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珍しく思ふこと

車があれば、こんな時もちゃちゃっとコインランドリーへ洗濯物を置いて、乾燥が終わる頃に取りに行く。
その間はドライブでもお茶にでも行ける。

珍しく車があればな~と、思ってしまった。

免許証の更新にも行かなければだ。
一応優良ドライバーなので、今回の更新は30分の講義だけで済む。
それでも電車に乗ってタクシーを使わなければならない。

生活保護は体調不良の人間には有難い制度だ。
しかし、体調不良故に全て独りで行う事が負担でもある。

疲労感が酷いのと各関節のステロイド注射の効果が薄れて来たのだろう、痛みと苛立ちが疲れた心身の摩擦を深める。

心が擦り切れる感覚が辛い。

過去を振り返っても何にもならないのを分かって居ながらも、気付くと過去の時間と対峙して居る。

何かが限界なのだが、何に限界が着ているのか今は目を開けて考える思考力すら危うくて難しい。

先週はもっと調子が悪かった。
久しぶりに文字が読めなくなり人生の終わりを感じた。

ふと先週、芸能の方の亡くなる理由が分かった気がした。

外に独りで気ままに出掛ける事すら出来ない。
パターン化する日常。
孤独を感じても口に出来ない自身の生き方。
体調不良で文字が読めない、読解力の感覚低下に気付く。
身体が重い。
心は既に分からない状態。

もし、ここで生業の舞台や映画の台本が頭に入らなかったとしたら、それは絶望だろうし、その絶望は生命の灯を容易く奪うだろうな。

先週はそんな事が頭を過ぎる位に自分も消えかかってる状態だった。

今も回復しつつも波が足首を冷たく拐う感じ。
いつ、深海に入り込んでしまうか不安な感じ。

あ~誰かに触れたい。
温もりに触れたい。
心臓の音を聞きたい。
脚を絡ませて寝たい。
誰かの温もりが欲しい
(セックスがしたい訳では無い、悪しからず)

要するに寂しいのだろう。
少しづつ冷え込む夜や今日のちょっとした愚痴を話したり、ちょっとした幸せを伝えたいのだ。

冷静に考えれば考えるほど、どうしようもない男に引っかかり続けてしまった。
でも、皆しょうもなくも優しくて、温もりをくれる人達だった。
ある意味でwin-winの関係。
ある意味で愛の無い関係だった。

今更ながら、人を信用するとか永遠の愛情を自分が持って居ない、欠損している事に気付く。

だから自分の事すら愛せないのか?
なんて、凹みついでに考えてしまう。

今日は相当落ち込んで疲弊しているっぽい。
感情がネガティヴと言う領域の中でも漆黒の闇に入り込んでいるのが分かる。

コインランドリーに行きたいょー。
でも(何もしてないけども)疲れたょー。

も一つ告白すると、エリザベス女王がお亡くなりになって、初めて自分が2012年のオリンピックを知らない事が判明した。

あの時、アタイは重心の職場で疲弊仕切って北海道を拠点とするクリスチャン団体に足を突っ込み始めていて、人生が浮世離れしてしまった時期だった。

辛い時、アタイは気を付け無いと心身共に人の欲望の渦に引っ張り込まれてしまう。
そして抜け出す時には更なる心身に負傷を負うのだ。

エリザベス女王が亡くなり、当たり前にイギリス連邦のひとつの時代が終わり、新しい時代が始まった。

アタイはアタイで寂しいからとて痛みを繰り返さない自分の判断力を持てるようになった。

彼女はQueenでアタイは平凡な一般市民だけれども同じ女性で同じクリスチャンで同じ長女。
共通点は幼い頃からの几帳面な性格。

昨日、彼女の記事をしこたま読みながら、彼女の几帳面エピソードにあ、分かるー!と、なって、几帳面で潔癖に近いアタイはどこか救われて居るのを感じた。

こうやって語源化して心の中というか、精神面の整理整頓と可視化を行うと、逆だっていた気持ちの冷たい波が穏やかになるのを感じる。

大丈夫、きっとまだ生きれる。
アタイにはまだその自分で人生の波を航海する力が残されている。

今日も諦めずに居たい。
何より、それが出来る事に感謝です。

宜しければサポートお願い致します。 頂きましたサポート費は今後の作品製作費として大切にさせて頂きます。