No.955 「人の情」ありてこそ
唐突ですが、野村邦光と言う人の寄稿「ボランティア」をご一読ください。
「ボランティア」の語源はラテン語の「ボランタス(Voluntas)」で、もともとの意味は「自由意志」だそうです。それが「自警団」や「志願兵」という意味に用いられた時代もあったようですが、今日、海外では「自発的に行動する」の意味で使われているといいます。
日本に「ボランティア」の言葉が海外から伝わったのは、100年前の大正時代だそうですが、地位や名誉があり経済的に豊かな人々が、福祉分野で「慈善活動をする」意味に置き換えられてしまったそうです。新紙幣が決まっている渋沢栄一氏など、まさにそのようなボランティア活動をされた人としても有名です。
日本で「ボランティア」の呼び名が知れ渡ったのは、1995年1月の阪神・淡路大震災がきっかけだと言われています。この未曽有の大自然災害に心を痛めた人々は、それこそ「人の情」として駆けつけられたのだろうと思う時、野村邦光氏の前掲記事が胸に迫ります。
人の善意を「金のかからない労働力」と勘違いしてはばからない「やから」もいると聞きます。海外から言葉だけを輸入し、中身は自分たちの都合の良い解釈を当てはめると言うやり方が、日本人の精神なのでしょうか。あるいは、一部の人だけの発想なのでしょうか?
その昔、夏目漱石は明治時代の文明開化(西洋文化の導入)を「物まねで皮相的な開花だ」として厳しく批判しています。朝日新聞からの抄出ですが、
海の向こうで生まれた言葉を、上滑りではなく、どのように受け止めるのか。それにしても、「人情」という言葉の含蓄、包容力、博愛に、私は大いなる畏れをいだきました。
※画像は、クリエイター・れすぱいと伊豆高原さんの、タイトル「アサギマダラ」の1葉をかたじけなくしました。その説明文に、
「伊豆下田セントラルホテルではアサギマダラを呼ぶために、フジバカマを植えています。(地元ボランティア) この写真は2020年10月20日に撮影したものです。」
とありました。ボランティアの方々の幅広い活動のたまものですね。