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No.1142 お(怖)じかったー!

我が田舎、杵築市山香町には神楽の社中があります。

山香神楽は、出雲神楽の流れをくむといわれ、350年近くも前に神楽の奉納が始まったそうです。それまで神職が神楽を奉納していたけれども、明治の頃に神職が民間に舞を伝授してから神楽社が出来たとかいいます。
 
子どもの頃は、収穫祭とも言える奉納神楽が各地域の社殿で催されました。当時の舞い方の一人にKさんがいました。四角い顔で眉毛が太くて濃く、目の大きな人です。普段は、ニコニコして気さくなおっちゃんでしたが、この人が一たび鬼の面を被ると、それこそ荒ぶる鬼が天から憑依したとしか思えない別人に変身しました。気迫が全身に漲ってしまいます。
 
どれだけ神社の境内を追いまくられ、つかまって社殿の真ん中に引きずり上げられてグルグル目を回させられたか、鬼と化した彼の餌食にならなかった子供はいなかったでしょう。後年は、さすがの鬼も肩で息をするようになり、逆に子供たちからからかわれたりもしました。しかし、メリハリのある見事な舞い、しびれる様な美しいフォルム、堂々たる声の響きは、ファンの心を掴んではなしませんでした。
 
若い時分から石鎚教を信仰し、古来より伝承する「湯立て神楽」の奉納も行いました。神主さんの祝詞奏上の後、グツグツ煮たった釜の湯にKさんが手刀で気合を入れます。御幣の飾った笹竹を両手に持って湯をかき混ぜ、跳ね上げて、自分の体に浴びせ掛けます。熱湯を含ませた笹竹を浴びるとご利益が得られると、参拝者たちは近くに寄っては大声を上げました。
 
そのKさんは、毎年の屋敷祭りに来てくれ、竹を切ってきて神棚に御幣を飾り、サカキをお供えし、腹の底から押し出すような声で祝詞を上げてくれました。信心のほどが目に見えました。

母は、何をするにも手を抜かず一所懸命に打ち込む彼の人柄に惚れ、新年を迎える準備をしてくれるこの日を楽しみにしていました。
 
母の亡くなった今は、そんなことも懐かしい思い出となりました。しかし、神楽を舞うKさんの姿は、そのお囃子と共に脳裏に刷り込まれています。

私はその神楽の曲を物まね程度ですが、リコーダーで吹くことがあります。お(怖)じかった鬼の舞を思い浮かべながら…。


※画像は、クリエイター・神城ゆみ * イラストレーター * 漫画描きさんの、タイトル「鬼面に隠された素顔【オリジナルイラスト】」の1葉をかたじけなくしました。人から鬼へ、鬼から人へ。その一瞬の美に惹かれます。お礼申し上げます。