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No.1169 一本の縄

一昨日の「新日本紀行 厳冬 奥会津」(BS21:00~再放送。初回放送日: 2023年3月24日)に感動的な一場面がありましたが、ご覧になりましたか?

豪雪地帯でも有名な福島県奥会津柳津(やないづ)は、赤べこの発祥地とも言われています。その地にある圓蔵寺(807年創建)には、1,000年以上続く冬の風物詩「七日堂裸詣り」があるそうです。

「七日堂裸詣り」は、正月七日の夜に行われる福満虚空藏菩薩圓藏寺の寺行事です。大鐘の音が鳴り響くと、褌姿の男衆が極寒の中、本堂目指して113段の石段を駆け上がります。本堂に駆け上がると、男衆は、大鰐口(おおわにぐち)から垂れた太い麻縄を、次から次とよじ上っていきます。一年の幸せと無病息災を祈る裸詣で最大のパフォーマンスです。
 
この映像を見ながら思い出したのは、芥川龍之介「蜘蛛の糸」の犍陀多(かんだた)のお話のワンシーンでした。
 
ある日、お釈迦さまが極楽の蓮池のほとりを散歩していると、はるか下の地獄で犍陀多(かんだた)という男が血の池でもがいているのが見えました。犍陀多は生前、殺人や放火など、多くの罪を犯した大泥棒だったので地獄に堕ちました。しかし、そんな彼も、一度だけ良いことをしていました。道ばたの小さな蜘蛛を踏み殺さずに、その命を助けてやったのです。

そのことを思い出したお釈迦さまは、彼を地獄から救い出してやろうと考え、地獄に蜘蛛の糸を垂らしました。血の池で溺れていた犍陀多は、天の助けとその蜘蛛の糸をつかみ、地獄から逃れようと一生懸命に上へ上へとのぼって行きました。

ところが、犍陀多が上っていた糸の下には、「俺も!俺も!」と、何百、何千という罪人が、行列になって上ってきます。このままでは蜘蛛の糸が切れてしまうと考えた犍陀多が、
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はおれのものだぞ。下りろ。下りろ」
と大声で叫びました。その瞬間、蜘蛛の糸は犍陀多がいる部分でぷつんと切れ、彼は罪人たちと一緒に、まっさかさまに地獄へ転落しました。悲嘆と後悔の表情だったでしょう。自分の利益だけを考えたエゴイズムが、自らの不利益となって帰って来たのでした。

一方、七日堂の裸詣りは、人々が歯を食いしばって麻縄を上り、にこやかに笑いながら降りてきました。同じように縄をのぼりながら、降りてきた表情はこんなにも違っていたのでした。いつかは人生の縄を下りた時、私はどんな表情が出来るのだろうと思いました。


※画像は、クリエイター・hiroko/灯月(あかつき)さんの1葉で、タイトルは「広がり、包み込まれる物語。脈々と受け継がれるもの・藤原無雨『水と礫』」ですが、キーワードの中に「蜘蛛の糸」がありました。小さな水滴は、我先にと競う人の姿にも見えますね。お礼を申し上げます。