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No.1158 ココロの音色

「玲」は、「レイ」というさわやかな音の響きであり、玉の鳴る澄み渡った音色や様子を意味する漢字だそうです。私には、心の豊かな音色を思わせる字です。

妹は玲子と言いますが、高校教師をしていた父の教え子に玲子さんという聡くて大変心根の優しい方がいたそうで、ベタ惚れした父は、あんな娘さんに育ってほしいという願いを込めて命名したそうです。

その父の名は「懿」(あつし)と言いました。松宇爺ちゃんは、頭のてっぺんから爪先まで混じりっけなしのお百姓さんで、尋常小学校しか出ていません。神話の時代の第4代「懿徳(いとく)天皇」か、『三国志』に登場する魏の軍師「司馬懿(しばい)」くらいでしかお目にかかることのない字だと思います。どうやって、あんな字を見つけて名前に付けたのか疑問でした。

「辞書じ引いちのう、いい意味じ、下に心が付いちょったからじゃ。」
と、ある時、爺ちゃんから教えてもらいました。漢和辞典を調べたそうです。ちなみに「懿」の字は「心」の部首で引きます。22画もあります。子供の頃は難儀な名前だっただろうと思います。その意味は「風格あるさま」「りっぱな」「うるわしい」とありましたが「よい、よし」の読みはあっても「あつい、あつし」はありません。
 
「爺ちゃん、『アツシ』の訓みは、辞書に無かったで!」
というと、
「暑(あち)い日に生まれたんじゃ!」
とのたまいました。父は6月22日の生まれです。もう、笑い話のような命名なのですが、知ってか知らずか、役場の戸籍係さんは受け入れてくれたようです。
 
良い意味を名前に戴いた父でした。太平洋戦争で召集されて大陸に渡り、何とか復員し教師として壇上に立ちましたが、昭和50年(1975年)9月に脳溢血により54歳で急逝しました。
 
その年に短大に入学し、まだ半年しか経っていない妹でしたが、母の悲しみを受けとめ支えたいと、さっさと退学して帰省しました。そして、働きながら3年かけて保母の資格を取得し、国家試験を受けて合格。10年間、町内の保育園に勤務しました。私たち兄弟は、その妹の献身にどれだけ支えられたか分かりません。
 
父亡きあと26年経った2001年の事ですが、里帰りした教え子の玲子さんが父の死を知り、わざわざお参りに来てくださったそうです。いきなりのことで母も驚いたそうですが、
「『先生、遅くなってごめんなさい。』ちゅうちなあ、位牌に手を合わせち涙を流しちくれたんで!」
と生前、母が嬉しそうに語ってくれました。
 
教え子の玲子さんは、いつまでも思いやりのある、美しい心の音色の方でした。妹の玲子は、孝行の心あつく、よく気の付く優しい人柄で、人の心に響く音色を奏でて生きているように思います。
 
名前のように生きることは難しいわざですが、その学びからも、志は忘れずにいたいと思っています。


※画像は、クリエイター・Angie-BXLさんのマンサクの花の1葉です。「幸福の再来」の花言葉は、春になると再びたくさんの花が咲くからだそうです。わが家のマンサクも満開です。お礼を申し上げます。