見出し画像

No.735 クスリと笑わせて逝った人

本名は、郡山剛藏。勇ましい名前です。小学校の校長を務めた父・繁蔵の長男への期待が込められています。
 
しかし、彼は、父親の期待を裏切るように五代目・柳家小さんに弟子入りします。17人抜きで真打に抜擢された十代目・柳家小三治(1939年~2921年)の誕生です。滑稽噺で人々を笑わせるのですが、噺の「マクラ」が大変面白く、「マクラの小三治」の異名もあります。全編がマクラという前代未聞の高座もあり、本人が、「今日の本題の話は何だっけ?」とうそぶく始末です。それでも、それが魅力となり、人が人を呼ぶ、まさに磁石のような落語家であり人間国宝でした。
 
20年もの間、持病のリウマチに悩まされながら、高座に上がり続けました。高座に置かれる湯飲み茶わんには、白湯ではなく漢方薬が入っていたと言います。いつぞやの彼の特集番組の中で、茶碗に半分近くの一日分の薬が入っている画を見てギョッとさせられました。小三治師匠は、
「薬が、飯です。」
と苦笑していました。朝と夜の2回、茶碗に「チンチロリン」程度の薬の私など「何を嘆くや?」であります。
 
「老いの衰えも、重い病も、自らの人生体験」
と受け止めた小三治さんは、亡くなる5日前まで高座に上がりました。朴訥で味わい深い話し方が特徴の人ですが、年と共に凄味が増してきて、どこか鬼気迫るような噺家でした。享年81。法名は「昇道院釋剛優」。
 
「〈粗忽長屋〉は、自分が死んだことに気づかず、うっかり長屋に帰ってきた男の話だそうですが、小三治さんもおそらく、急ぎすぎて、死んだことに気が付いていないのでは。」
「75歳以上のうち4割の人が、5種類以上の薬を処方されています。薬が増えるほど副作用も増え、認知症の一因にもなります。もちろん、自分の判断で中止してはいけないので、『薬のやめどき』を一緒に考えてくれる良医を探してください。」
医師の長尾和宏という方がそのように語っていますが、傾聴すべき意見のように思いました。
 
「天高し薬の匂ひうつる水」
三浦和歌子

※画像は、クリエイター・地武太治部右衛門さんの、タイトル「フォトギャラリー用に写真を上げてみる1」をかたじけなくしました。お礼申します。