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No.1089 親孝行の日

数日前、別府で高校生の弁論大会が開催され、声をかけて頂いたので出席しました。「弁論上の注意」を述べる前に、生徒さんの緊張感をほぐせたらと、こんな話をしました。
 
「ちょっと聞いてやって下さい。私が28歳の時ですから、もう42年も前のお話です。
 
 ある夏の、朝7時半ごろのことです。通勤途中に、駅のトイレで小用を足していました。私の右隣に黒ズボンに半袖シャツの爽やかな高校生がやってきて立ちました。その彼の隣に、朝っぱらからすっかり出来上がった70歳前後の作業着姿のオジサン(オジイサン?)が少し遅れて立ちました。私は、『羨ましいなー!』と思いました。
 
 日焼けした色のオジサンは、左隣の高校生に気づくと、じっと見つめて
『にいちゃん、どこん高校かあ?』
と声優・若山弦蔵ばりの渋く低い声で訊きました。一瞬、辺りが静かになり、嫌な雰囲気が漂いました。何か、因縁をつけられるのではないかと…。
 
 すると、高校生は、おもむろにズボンのチャックを引き上げると、
『ぼく、おやこうこうです!』
とハッキリ言って去っていきました。そうきたかー!思わず吹き出しそうになりました。『せめてお名前を!』と呼びかけたいくらい、気の利いた機転に感動しました。
 
 しかし、感動は、むしろその後の方でした。取り残されたオジサンは、
『おやこうこうかぁ…。』
と、目の前の壁ではなく、遠くを見るような目をしてボソッと呟いたからです。それは、これまでの人生で親にどれほどの親孝行をしてやれたかを反芻しているように見えました。むしろ、反省だったかもしれないのですが、わからないまま、私はその場を離れました。
 
 親孝行と言いますが、親は、何か特別なことを我が子にして欲しいなどと思って育てているのではないと思います。皆さんが元気(無事)でいることが、何よりの親孝行だと考えておられるはずです。
 
 とするなら、この壇上で、これから元気に弁論発表をすることが立派な親孝行なのです。今日は、いわば、親孝行記念日です。日ごろの練習の成果をいかんなく発揮してください。
 
 高校生よ、孝行せいよ!
 発表を楽しみにしています。」
 
漫画チックで出来過ぎの感なしとしないトイレのシーンの回想話ですが、脚色・潤色一切なしの実話です。そんな印象的で強烈な場面に42年前に出会えたことが奇跡のようで、いつまでも忘れられないでいます。あの時の高校生は、そろそろ還暦を迎える頃かもしれません。目端の利いた彼は、今頃、どこで何をしているのやら?
 
生徒たちは、私の話に苦笑せず、にこやかな笑顔を見せてくれました。
「親孝行」な生徒たちのスピーチに、唸りっぱなしの一日でした。


※画像は、クリエイター・LOVE HOLICSの『うどんとねこ』さんの、タイトル「親孝行ってなんだ」の1葉をかたじけなくしました。伊勢神社へのお参りの場面だそうです。お礼申し上げます。