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No.1101 彼女のこと

「ジェニファー」が去っていきました…。

彼女は、2008年(平成20年)に、なけなしの金をはたいて購入した原付オートバイクです。ドイツ語で「オートバイク」は女性名詞だと聞いたので、「ジェニファー」か「キャロライン」か「パトリシア」かで(そこは、ドイツの女性名じゃないんかい!)散々迷った挙句、「ジェニファーじゃろ!」と、もう一人の私の心の声に押し切られました。
 
「しなやかさ」と「軽やかさ」と「乗り易さ」を兼ね備え、ついでに財布にも優しいバイクへの親称として命名した、それが「ジェニファー」でした。

在職中は、小回りの利く、我が軽快なる脚として、通勤・買い物・講座・家庭訪問・花見・競技会場etcと、八面六臂の活躍をしてくれる「ういヤツ」でした。
 
しかし、でも、それなのに、私が退職した2014年(平成26年)の夏に「決意」したかのように頑として動かなくなりました。定年退職の後、家に引き籠もりがちの私に、存在価値を否定されたように思って反発したのか、そんな私に愛想を尽かしたのかも知れません。
 
私は、退職後の1年間、寝っ転がって読書をし、いつ役立つとも知れない古典の資料を作成し、夜には必ず盃を手にするという生活でした。年休をほぼ取らずに三十数年間教員生活を全うした自分への褒美だと、言い訳がましく押し通しました。
 
そんな毎日が続く中、ジェニファーに我が心底を見透かされていたのかも知れません。思い返せば、メンテナンスの一度として行ったことなく、また、雨に濡れたしずくを拭ってやることもしなかった私に、今まで反旗を翻さなかったのが不思議なくらいです。
 
とはいえ、スタータースイッチを押しても、キックペダルを何度勢いよく踏み込んでも、「あんたなんかプン!」の拒絶反応を繰り返す彼女を、抛つには忍びなく、ジェニファーは、我が家の門前でオブジェのように動かぬまま孤独に耐えることになりました。
 
その年の12月、遂に車検が切れました。購入したバイク屋さんに頼むと、無料で廃車の手続きをしてくれました。軽トラックに載せられ、しっかり固定された彼女は、イヤイヤをすることもなく去っていきました。ちょうど今頃の寒い日の午後のことでした。
 
この時期になると、急に彼女のことを思い出すのですが、今頃は、メンテナンスのよろしきを得て、東南アジアのどこかの国で熱い風を受けながら走っているかもしれません。いや、そうであってくれたらいいなと想像力をたくましくしているのです。


※画像は、クリエイター・MURAKOさんの「ホーチミンのネイル市場で見たもの」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。ジェニファー、いないかな?