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No.1085 指で触れる、指で拭う。

「触れる」指先に通う感覚や思いや心に、打たれることがあります。

ひとつひとつの何でもない場面が、触覚を経由することでひりひりと印象づけられる。つまるところ、触覚にはやはり体験の一回性の強さがある気がする。視覚なら今は写真や映像があるし、聴覚ならさまざまの音源があるが、触覚は基本的に「記録」できない。実際の体験と切り離せない。そんなかけがえのない触覚を、言葉によって再現してやろうという挑戦がある歌、そして、さまざまなものに触れながら生きている自分の輪郭を確かめ直すような歌が面白いのではなかろうか。

大森静佳『短歌』平成28年5月号

大森静佳さんは1989年(平成元年)岡山のお生まれです。大学在学中の2010年(平成22年)、「硝子の駒」50首で第56回角川短歌賞を受賞した気鋭の歌人です。
 
「君の髪に十指差しこみ引きよせる時雨の音の束のごときを」
松平盟子『帆を張る父のやうに』(1979年)の歌を、
「髪の一筋ずつの柔らかく冷たい感触を『時雨の音の束』に譬えることで、『君』の儚さが切なく立ち上がってくる。触覚を『音』に譬えるというややアクロバティックな比喩でありながらすっと胸に入ってくる。」
と評していました。
 
エロティシズム漂う愛の歌でもあるのでしょうが、髪の毛の感触を「時雨の音の束」と詠んだ歌人松平盟子さんの舌を巻く感性と表現力に、ただただ畏れを感じます。その歌を、あのように受け止める大森静佳さんのしなやかさにもやられてしまった私です。
 
「いつの日か我が身に起こる老いること我が身のように清拭やさし」
「現代学生百人一首」(東洋大学)
広島市医師会看護専門学校医療高等課程二年伊藤智美さん
なんて優しい指先、なんて嬉しい心遣いの娘さんでしょう!


※画像は、クリエイター・素晴木あい@ AI絵師さんの、タイトル「心のケアが光を灯す - ドラマ『今日もあなたに太陽を』」(看護師さんのイメージ)をかたじけなくしました。お礼申し上げます。