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No.591 ♪~走る走る俺たち流れる汗もそのままに…

結婚した娘夫婦とその親たちで名にし負う英国を訪れました。2016年5月のことでしたが、今でも忘れられないのは、トイレの洗礼を浴びることになったからです。
 
ロンドンの有名なパブレストランで夕餉を食べ終えたのは、午後8時近くでした。ホテルに戻ろうと地下鉄の駅のプラットホームまで降りたあたりで、食べ慣れない物に胃腸が驚いたのか、いきなり下り龍がやって来ました、グルグルグルッと…。
 
すわ一大事!すぐに娘が駅員にトイレを借りようと交渉してくれましたが、「構内にトイレはない」の一点張りです。おまけに、一番近くのマクドナルドまで10分もかかると言います。既に私の顔面は蒼白です。駅は諦め、外に出ました。お尻をつぼめ、引き攣った足どりで何とか大型商業店に着きました。娘が真剣に事情を訴えますが、店じまい中の店員は、青ざめた私を見てもニベもなく断りました。
 
ああ、もうダメだ。人生最大のピーンチ!明日の新聞の三面記事には、
「日の昇る国の紳士、犬と化し、天下の往来で失禁す!」
などと大見出しで揶揄されるのか?と思い、天を見上げます。
 
しかし、娘も妻もあきらめません。私は女形(おやま)の体で額に脂汗を滲ませ、お腹に力を入れないようにしながらヨロメキ走りました。
「♪~走る走る俺たち流れる汗もそのままに…」
そして、結局、食事したレストランに舞い戻ったのでした。想像力豊かな諸兄諸姉ならお分かりいただけると思いますが、もう生き地獄のようでした。でも、そこには、天国がありました…。
 
日本人の尊厳は、かろうじて守られました。
 
ロンドンとケンブリッジをめぐる7日間の旅は、今も人生を彩る楽しく温かい思いで満たされています。しかし、あの日、あの時、あの場所で私の出逢った人々は、たまたま、困っている者を無視できる心の強い人々ばかりだったようです。ああ、外国にいるんだなという実感を、あんな苦しい思いをして気づかされたのです。
 
それにしても、あの時の娘とその母の懸命な背中が、今も瞼の裏に鮮やかに思い浮かびます。