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オキサトさんに聞こう③ 伝統工芸ってなんですか?その1

このコラムは、京都芸術大学京都伝統文化イノベーション研究センターのために書いたものですが掲載が終わっていたので、ここに再掲しました。


Q:
そもそも伝統工芸とは何?<タンクトップ子>
伝統工芸って何ですか?<はるか>
伝統工芸という単語はいつできたんですか?<岸くん>

A:
「伝統工芸とは?」と聞かれても、上手くは説明しづらいですよね。「昔から続いているものづくり」というのが簡潔な説明なのでしょうが、それだけでは何か大切なものが抜け落ちている気がしてしまうし。あらためて「伝統工芸」ってなんでしょう?

先に、岸くんからの質問の『伝統工芸』という言葉がいつ生まれたかだけど、調べたけれど分かりませんでした。すみません!

昭和29年に人間国宝の制度が出来たときの文書や、それをきっかけに生まれた日本工芸会の趣旨文には「工芸の伝統があります」「伝統として継承していく必要があります」などと書かれていて、それ以降に使われる事例が増えるので、『伝統工芸』という単語は、第二次大戦後の日本文化を守らなければという潮流の中で生まれたのではないかと推測しています。この程度の答えで申し訳ないです。

なので、今回は、『伝統工芸』を紐解くにあたり、まずは『工芸』という言葉の意味から進めて行きましょう。もともと明治時代に入るまで「工芸」という言葉は日本ではほとんど使われた記録はありません。というのも、今は一見、特別に見える手仕事も当時は当たり前の製造業です。わざわざ分類せずに「百工(ひゃっこう)」と呼ばれていました。いまでいう「ものづくり」という位の大まかな言葉ですね。

そして、江戸も終わり、西洋文化を一気に受け入れ始めた明治4年(1872年。いまから150年ほど前です)に西洋で鑑賞をメインとしてつくられた「アート」を「美術」と直訳する際に、鑑賞だけじゃなくて実用面も考えながら日本の美術的な要素を持つものづくりを何と呼ぼうか?と、美術に対応する名称を探し悩んだ際に、大昔から中国で使われていた「工芸」という言葉が選ばれました。ここからが日本における「工芸」というひとつのジャンルが始まりました。

では、中国で使われていた「工芸」の持つどんな意味や思いを、日本のものづくりを説明する言葉として挙げたのでしょうか。それこそ伝統工芸とは何か?という質問の回答に続いていく話しです。

工芸作家の家に生まれ、日本の工芸論を導いてきた前田泰次さんが、著書の中で、今から2000年位前の「周」 時代に書かれた『考工記』にある中国に置ける工芸観を紹介していました。

それは、工芸を4つの要素に分けた説明なのですが、『工芸=天・地・材・工』というものです。「天には時の寒暖などがあり、地には気の剛柔があり、素材にはそれ自体の美があり、工人の技術には巧というものがあり、以上の『天・地・材・工』の4つの長所が合体すると良い物が生まれてくる。」(『現代の工芸』前田泰次/1975年/岩波新書)ということです。そんな風に、工芸をモノや工程だけでなく、制作する地域や気候まで含めてのものづくりとして説明されてます。

また、以前に講演会でご一緒にした西陣織の老舗「細尾」の細尾真孝さんも工芸を要素に分け、『工芸=マテリアル×テクニック×スピリット』であり、<厳選された素材><蓄積された技術><こだわりを持った思い>が組み合わさることで『工芸』が生まれてくると説明されてました。実際に、伝統工芸を家業とする細尾さんによる実感ある説明だと感じました。

そして、僕は、この前田泰次さんと細尾真孝さんの解釈に、さらに複雑に絡み合う文化や時間軸を足したものが『伝統工芸』と言えるのではないかと考えています。『天・地・材・工+時間と文化の蓄積』であり、『マテリアル×テクニック×スピリット×レイヤー』ということです。

実際、僕らにとって「伝統工芸」とは、そこには『天・地・材・工』や『マテリアル×テクニック×スピリット』という工芸のものづくりを構成する要素だけでなく、継承し継続していく中で培ったものや、工芸のものづくり自体を内包する文化や習慣や自然環境や人材継承など様々な要素や、時には時代ごとの課題すらも同時に含んでいるものとして感じ取っています。

また職人自身も、これだけ需要も減退し、素材の調達や道具の確保すら厳しい時代に、自分の技の事だけでなく、これまで引き継いできたものをどう継承していけば良いのかと悩んでおり、そうなると必然的に、僕らと同じような「伝統工芸」を感じていると思います。

となると、今の時代における『伝統工芸』とは、「日本各地でその地域の自然や文化を背景に生み出され、長く継承された技術でもって用途のある物を生み出すものづくりであり、時代に合わせた課題解決とその継承手段の確保を急務とするものづくり」と言えるのかもしれません。

最後に、僕が一番好きな『伝統工芸』の説明例文を紹介しておきますね。これはAppleのパソコンの標準辞書アプリでずっと前から紹介されている内容です。(iOSには載ってません。残念!!)
ほとんどの辞書で伝統工芸の説明が無いか、しょぼい中で、20年前に当時最先端だったパソコン画面でこれを読んだときは、伝統工芸って古いだけじゃないんだ!と衝撃でした。「現代生活に即した」「新しい伝統を築くことを目指す」って部分を今もすごく気に入ってます。

でんとうこうげい【伝統工芸】
日本の伝統的な技術を基礎に,現代生活に即した作品を創造し,新しい伝統を築くことをめざす工芸。また,その作品。天然素材を用いた手作りを本旨とする。陶芸染織漆芸金工木竹工人形など多くの分野がある。

Mac OS 搭載標準辞書より

京都芸術大学の伝統文化イノベーション研究センターでの『伝統工芸』の意味や定義はこの辞書の説明をぜひ採用してもらいたいなって思います。酒井センター長、どうでしょう?

文責:永田宙郷